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今、僕が欲しいのはギターではない。RATだ。

先ほど、僕にはギターが5本あるという記事を書きました。

たぶん、もう十分です。

少なくとも今のところ、6本目のギターが欲しいとは思っていません。

これはなかなか健全な状態です。

50代になって、ようやく物欲というものと適切な距離を取れるようになったのかもしれません。

さよなら、物欲大魔神。

もちろん、そんなわけはありません。

今、僕が欲しいのはギターではありません。

RATです。

ちょうどディストーションが欲しかった

最近、ディストーションが欲しいと思っていました。

こう書くと、非常に自然な買い物に聞こえます。

必要だから買う。

実に健全です。

しかし僕の家には、すでに歪むものがいくつもあります。

オーバードライブもあります。

ディストーションもあります。

ファズもあります。

アンプシミュレーターだってあります。

パソコンの中にも、現実世界にも、歪ませる方法はいくらでもあります。

ですから正確には、

「ディストーションが必要」

なのではありません。

「新しいディストーションが欲しい」

です。

この二つは似ていますが、家計に与える影響がまったく違います。

椎名林檎が歌った「商売道具」

RATという名前を初めて知ったのがいつだったのか、もう覚えていません。

ただ、日本でRATというエフェクターの名前を妙に印象的なものにした人の一人が、椎名林檎だと思います。

『丸ノ内サディスティック』です。

歌詞の中に「RAT」が出てきます。

しかも、ただの機材名としてではありません。

商売道具として。

エフェクターの名前が歌詞に登場する曲というのも、考えてみれば妙なものです。

普通の人には何のことか分からない。

ギターを弾く人間だけが、

「あのRATか」

となります。

僕もその一人でした。

そして困ったことに、こういう固有名詞は記憶に残ります。

ディストーションというカテゴリーではありません。

RATという名前が残るのです。

僕は昔、RATを使っていました

実は僕にとってRATは、未知のエフェクターではありません。

昔使っていました。

当時持っていたGretschのビンテージギターに、RATをつないでいました。

RAT2ではなく、いわゆるRAT1です。

これが、ものすごく合いました。

少なくとも僕の記憶の中では、合っていました。

ここで「記憶の中では」と書いたのには理由があります。

昔使っていた機材の音というものは、年月が経つほど良くなります。

人間の脳には、どうやら無料のリマスタリング機能が付いているようです。

嫌なところは少しずつ消えて、良かったところだけが残ります。

昔の恋人のようなものです。

……と言えるほど昔の恋人がたくさんいたわけではないので、この例えが正しいのかは分かりません。

とにかく僕の中には、

GretschとRATは合う。

という記憶が残っています。

そして僕の家には、またGretschがあります

時は流れました。

RATも昔のGretschも、今は僕の手元にありません。

ところが最近、またGretschを手に入れました。

G5230T Jet。

僕がミリンダと呼んでいる、紅いGretschです。

ビンテージではありません。

高級機でもありません。

でも、ちゃんとGretschです。

これを弾いているうちに、昔の記憶が戻ってきました。

RATをつないだらどうなるんだろう。

こういう考えは危険です。

「どうなるんだろう」と思っただけなら無料です。

しかし人間は、その答えを知るためにエフェクターを買います。

RAT1は、さすがに無理です

だったら昔と同じRAT1を買えばいい。

話は簡単です。

簡単ではありません。

高いのです。

昔のRATは、いつの間にか立派なビンテージエフェクターになっていました。

僕が昔使っていた頃、未来の僕がこんな値段を見て悩むことになるとは思っていませんでした。

持っていればよかった。

ビンテージ機材の話をすると、だいたい最後はここにたどり着きます。

持っていればよかった。

売らなければよかった。

若い頃の僕に会えるなら、いろいろ言いたいことがあります。

人生についてではありません。

「その機材、売るな」

です。

しかし過去には戻れません。

そして今の僕には、RAT1にそこまでのお金を出す余裕もありません。

そこで現実的な候補として出てくるのが、初期のRAT2です。

欲しいのは1988〜1990年あたりのRAT2

僕が今狙っているのは、1988年から1990年あたりのRAT2です。

もちろん現行のRAT2もあります。

RAT系のエフェクターも山ほどあります。

RATを参考にしたペダル。

RATを発展させたペダル。

複数年代のRATを切り替えられるもの。

小さくしたもの。

高級にしたもの。

安くしたもの。

調べれば調べるほど出てきます。

現代は親切です。

「RATっぽい音」が欲しいだけなら、困ることはありません。

むしろ昔より選択肢があります。

それなのに僕が中古のRAT2を見ています。

なぜでしょう。

RATクローンでは駄目なのか

これは自分でも何度か考えました。

RATクローンでいいのではないか。

今なら、非常に評判の良いものがあります。

音だけで比較すれば、本家より便利なものもあるでしょう。

ノイズが少ないかもしれません。

電源周りも使いやすいかもしれません。

複数のモードを切り替えられるものもあります。

値段だって安いものがあります。

合理的に考えれば、それでいいのです。

しかし、たぶん僕は満足しません。

なぜなら、それはRATではないからです。

身も蓋もありません。

欲しい音と、欲しい物は違います

ここが機材選びの面倒なところです。

僕が欲しいのが「RATのような歪み」なら、クローンでいいのです。

むしろクローンのほうが良い可能性すらあります。

でも今回、僕が欲しいのはRATのような歪みではありません。

RATです。

黒い箱。

白い文字。

DISTORTION、FILTER、VOLUME。

そして、あのRATという名前。

足元にそれが置いてあって、Gretschからケーブルがつながっている。

僕が欲しいのは、たぶんそこまで含めたものです。

音だけを買うわけではありません。

記憶まで買おうとしています。

こうなると、スペック比較はあまり役に立ちません。

人間はスペックだけで物を買っていません

これはギターでも同じです。

もっと性能の良いものがあります。

もっと安いものがあります。

もっと便利なものがあります。

それでも、なぜか特定のメーカーの特定のモデルが欲しくなることがあります。

車でも、時計でも、服でも同じでしょう。

合理性だけで選ぶなら、世の中の商品は今の半分くらいで足りるのかもしれません。

でも僕たちは、そういう買い方をしません。

名前を買います。

形を買います。

昔見たものを買います。

誰かが使っていたものを買います。

そして時々、自分の記憶を買います。

今回の僕にとって、RATはたぶん最後の部分が大きいのだと思います。

1988年のRAT2だから良い音がするのか

ここは冷静になっておきたいところです。

1988年のRAT2を買ったら、現行品より必ず良い音がする。

そんなことを僕は言えません。

古いから偉いとも思いません。

ビンテージだから音楽的になるわけでもありません。

古いエフェクターですから、当然個体差もあるでしょう。

部品も劣化します。

スイッチだって壊れるかもしれません。

新品のような保証もありません。

それでも欲しい。

困ったものです。

ただ、これでいいのかもしれません。

欲しいものに、毎回完璧な理屈をつける必要はありません。

もちろん生活を壊してまで買う話ではありません。

払える範囲で。

ちゃんと相場を調べて。

状態も確認して。

それでも欲しいなら、欲しい。

50代になって、ようやくそのくらいのことは認めてもいい気がしています。

今、僕が欲しいのはギターではない

僕にはギターが5本あります。

たぶん、もう十分です。

先ほどそう書きました。

そして、その気持ちは本当です。

今は6本目のギターより、今持っているギターを弾きたい。

特に、せっかく僕のところにやってきた紅いGretschを、もっといろいろな音で鳴らしてみたいと思っています。

そのために必要なのがRATなのか。

本当は必要ではないのかもしれません。

家にあるエフェクターで十分なのかもしれません。

アンプシミュレーターでも似た音は作れるでしょう。

RATクローンなら、もっと安く済むかもしれません。

実際僕は今はDAW上でRATのクローンのプラグインを使用してますし。

はい、

全部分かっています。

分かったうえで、中古のRAT2を探しています。

僕が欲しいのは、RATっぽい音ではありません。

RATです。

できれば1988年から1990年あたり。

状態はあまり問わないです。

あまり高くなくない個体。

そういう都合のいい個体が出てこないか、今日も中古市場を見ています。

ギターは、もう十分です。

たぶん。

しばらくは。

今、僕が欲しいのはギターではありません。

RATです。

物欲というものは、本当に形を変えるだけのようです。


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