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がんばったからがんばらない

今日のお仕事は中々大変だった。だが一応走り切った。走り切れた。
本当に頑張ったと思う。えらい俺。
じゃあその頑張りを明日以降も継続できるようにしましょう!そのための十選はこちら!記事に課金するとより詳細なプランが!!となるのが一般的なnote記事ライターなのかなという気がするが、残念ながら俺はあまり一般的ではない類の人間だと認識しているので、そういうことはやらない。
じゃあ何をするのかと言うと、とりたてて何もしない。

いや、本当に何もしていない。
頑張ったから今日ぐらいはいいよねと思いながら夕食用のコンビニ冷食を買い、家に帰ってビールを冷凍庫で冷やしYoutubeを見、ちょっと疲れたから一旦布団でひっくり返りつつお湯張りを始めたあたりで冷凍庫のことを不意に思い出してビールを救出し、夕食を食べて今日も記事を書かなきゃなと思いつつまぁ風呂入ってからでいいかと先送りをやり、風呂から出てきて適度に湯冷ましをし、流石にもういい時間だからいい加減書くか、と覚悟を決めて今PCの前に座っている。
だから、特別なことは本当に何もしていない。アイスぐらいは買ったって良かったかもしれないなと後悔しているぐらいだ。明日はそうしよう。
多分、こんなもんでいいのだろう。
今日の俺は頑張った。間違いなく頑張ったと思う。とりあえず俺の自認としてはそうだ。だからと言って、その頑張りを維持するために何かを頑張らなければならないとしたら、それはとてもしんどいんじゃないだろうか。
よく、自分の機嫌ぐらいは自分で取れと言われる。この辺の話でまた別途記事を書きたいなと思ってはいるが、ともあれこの言葉自体は真実だと思う。というか、真の意味で自分の機嫌をコントロールできるのは自分しかいないのだから、当たり前の話ではある。だが、今話したいのはそういうことではない。
もし、自分の機嫌を取るためにさらに努力をしなければならないのだとすれば、それは頑張りすぎなんじゃないのか?という話だ。

日常の疲れやストレスをリセットするために○○しよう!という情報は現代において無数に存在する。多分、そうすること自体は重要だろうと思う。でも、もしもそれがいつの間にか日常ですべきことにすり替わっていたらどうだろうか?サウナでととのうために日々の生活を工夫して時間を捻出して、苦労してリラックスしに行くというのは何かおかしくないだろうか。
いつも通り今日は何を書こうか悩んでいた時に、ふとそんなことが脳裏をよぎった。もしリフレッシュをするのであれば、それは頑張らずにできることであってほしい。少なくとも俺はそう思う。とはいえ、そんなスタイルだからコンビニでアイスを買い損ねるわけだが。
さて、そうこうしているうちに文字数も1000字を超えた。頑張った自分へのご褒美として特に何もしないをするために、この記事をnoteに投稿してしまおう。

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