ごはんたべれてえらい
一応断っておくと、別にこのタイトルは煽りではない。
少なくとも俺は本当に偉いと思っている。
復職して、もうすぐひと月が経とうとしている。
ありがたいことに今のところは問題なく勤務できているが、これがいつまで続けられるかは正直わからない。やってみるしかない。
とはいえ、続けられるかどうかは分からないにせよ、続けられなくなる兆候位は身を以て知っている。
具体的には、朝食を抜くのが常態化することだ。
実際のところ、復職してからも朝食抜きで仕事をすることはたまにある。そうするとやはり目に見えて調子が悪くなる。以前別の記事で書いたかもしれないが、休職前の俺はこんな状態で仕事していたのかと驚くことになる。
だから読者の皆様もちゃんと朝食を食べよう、などと安易に言えないことぐらいは俺自身よく分かっている。毎日ちゃんと朝食を食べるというのは、実はかなりの偉業なのだ。
言うまでもなく、社会人の朝は多忙だ。いや、現代人の朝はと言うべきかもしれない。少なくとも、自分は社会的な生活に適合していますよとアピールできないと、現代社会で生きていくのは難しい。そのためには、自分が願うと願わざるとに関係なく、朝決まった時間に決まった行動をして決まった場所に出かけなければならない。そして、その振る舞いというのは時に個人的な欲求を超越する。
大仰な書き方をしたが、別に当たり前のことだ。毎日遅刻してくる会社員の席は早晩無くなる。洋の東西を問わず、現代社会においては一般的で普遍的な事実だ。それが嫌なら、それなりの行動を取らなければならない。
だから、毎日欠かさず朝食を摂るという個人的な大事は、毎朝遅れず家を出発するという人生における些事に容易に負けてしまう。いや、正確に言うのであれば、その些事を全うし続けることこそ偉大な事ではあるのだが。
長々と書き連ねてしまったが、つまるところ言いたいことはこれだけだ。
毎日ちゃんと朝食を食べれている人は、それだけで十分立派だ。
誰に恥じるところのない、立派な振る舞いだ。だから、俺は朝食を食べてから車に乗るたびに、いつも「ごはんたべれてえらい」と自分で自分をほめる。ちなみに今朝もやった。
そして、仮に朝食を食べられなかったとしても、日常の些事を全うし続けている人はそれだけで十分立派だ。硬い言葉になったので言い直す。
おしごといけてほんとうにえらい。
ちなみにこれも今朝言った。一人で。
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