絵 「1967年8月、ニューヨーク 音のあいだの時間」 空中回廊アート館 GreenPost No.2
Webマガジン GreenPost の誌面を飾るに相応しいアートとは? どこに探しに行けばいいのか? そこで、10の問に答えると、あら不思議、絵や詩や言葉が、あの空中回廊アート館に現れたのです。
2026/04/15 空中回廊アート館 GreenPost
一枚の絵「1957年、ニューヨーク」

1967年。
ニューヨーク。
都市の上に、もう一つの空間がある。
「屋上に流れる時間」
夕方から夜へと移る時間。
街はまだ騒がしく、
クラクションと人の声が、
絶え間なく地上を満たしている。
だが、その上に、
別の層がある。
屋上。
そこに、ひとりの男がいる。
年老いた黒人のサックス奏者。
彼は、誰に聴かせるでもなく、
ただ、音を吹いている。
その音は、
街の喧騒に消されることはない。
むしろ、
その隙間に入り込み、
静かに広がっていく。
ひとりの女性が、その音を聴いている。
金色の髪。
まだ若い。
彼女は、何も言わない。
ただ、その音の中に、
自分を預けている。
音は流れる。
だが、ときどき、止まる。
ほんのわずかな「間」。
その瞬間、
時間は、伸びる。
いや、
消える。
彼女は思う。
この時間が、
ずっと続けばいい。
永遠とは、
こういうものなのかもしれない。
音は再び始まる。
遠くの屋上でも、
誰かがそれを聴いている。
見えないつながりが、
空気の中に生まれている。
都市の上に、
もう一つの都市がある。
音でできた都市。
そこでは、
人は、少しだけ自由になる。
「音のあいだの時間」
彼は演奏しているのではない、
聴かれるために。
彼は音を吹く。
音と音のあいだに、
何かが開くために。
都市は下で流れている。
自分たちの上に、
もう一つの空を作っていることにも気づかずに。
騒音は満ちる。
だが音楽は、抗わない。
ただ待ち、
注意のわずかな隙間から、
入り込む。
音が生まれる。
そして消える。
その消失の中で、
時間はゆるむ。
彼女は聴いている。
旋律ではなく、
現れる直前と、
消えた直後の震えを。
そこに、
動かない場所がある。
過ぎない瞬間がある。
もし永遠があるとすれば、
それは長さではない。
それは、
二つの音のあいだにある、
このわずかな停止なのかもしれない。
(英詩の和訳)
“Time Held Between Notes”
He does not play
to be heard—
he plays
so that something may open
in the space between sound.
The city rushes below,
unaware
of the sky it has built above itself.
Noise rises,
but the music does not resist.
It waits—
and enters
through the smallest fracture
of attention.
A note is born.
Then,
it is gone.
And in that vanishing,
time loosens its hold.
She listens.
Not to the melody,
but to what trembles
just before it appears—
and just after it fades.
There,
she finds a place
that does not move.
A moment
that does not pass.
If eternity exists,
it may not be long—
it may be
this brief suspension
between two notes.
(Joe Vahi)
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■ コメント-
1967年ニューヨークの屋上。サックスの音が時間を止める瞬間を描いた一枚の絵と詩「Time Held Between Notes」。GreenPost空中回廊アート館第二作目。
人は、音を聞いているのではない。そのあいだに生まれる、
何かを感じている。
この回廊は、まだ続きます。 (2t)
