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山の日には、山の在り方を考えてみる|10の視座から自然に祈ること

@Ricoです。

本日は「山の日」ですね!

少し前に、具体的な「霊山」と呼ばれる21座を捉えてみました↓

本日は、その続編(?)のような感じです。
古来から信仰と共にある「山」の在り方をみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

そこで、「山イコール霊山」と捉えた上で、日本人が古来よりどんな思想を持って、山を拝んでいたか、山へ登っていたのか、山は自然という大きな枠組みの中でどんな意味合いをわれわれに示唆しているのか。

少しだけ、テーマに触れていきますね。


山を想う、われわれに必要な「10の視座」

1. 神体山(しんたいざん)・神奈備(かんなび)──山そのものが“神の坐”

社殿以前、山や森そのものを神の依り代(神体)とみなす発想。
三輪山(大神神社)のように、山=神体という理解は古層の神観念をよく示しています。

2. 磐座(いわくら)・岩境(いわさか)──巨岩・岩塊への原初祭祀

神の降臨座としての岩(磐座)・岩境が日本各地の遺跡・社頭に痕跡を留める。恒常的社殿の成立以前、臨時の斎場や磐座で祭祀が営まれたことが指摘されています。

3. 祖霊の山──“あの世”へと続く重層的他界観

山は神の坐であると同時に祖霊の依所でもある、という民俗的把握が古くから共有。
山の神(やまのかみ)観念と祖霊観が重なり合う地域も多くあります。

4. 山の神と田の神の循環/水の司配──農耕儀礼と雨乞い

低地の農耕民と山民では「山の神」の性格や祀り方が異なるが、春の下山=田の神、秋の山帰り=山の神という季節循環観が広く記録される。干ばつ時の祈雨・止雨(きう・しう)など、水の司配と山の祭祀は密接に存在し続けています。

5. 修験道──山は験力(げんりき)を錬る行の場

山中での峻厳な行によって超常的験力を得、衆生済度を図る「修験道」は中世に整備。近代初頭の神仏分離(1868–70)と1872年の修験道禁止で打撃を受けるが、戦後の宗教法人令(1945)以降に諸教団として再編・復興。

6. 神仏習合の霊場ネットワーク──紀伊山地の世界遺産

吉野・大峯、熊野三山、高野山と、それらを結ぶ参詣道は「自然崇拝に根ざす神道」と「仏教」の融合を物語る文化的景観として評価されています。
(世界遺産:2004年)

7. 里宮/奥宮と“遥拝”の構造──山頂の社と里の社

富士山本宮浅間大社は本宮(里)と山頂の奥宮(峰)を対に持ち、山そのものを神体として領有・祭祀してきた典型例。
山上の神威を里から拝する「遥拝所」を設ける神社も各地に見られます。

8. 都市鎮護の結界──比叡山と平安京

伝教大師最澄は比叡山に「鎮護国家の根本道場」を標榜し、平安京の鬼門(北東)を護る霊的結界としての役割を担います。都城と背後の霊山が対を成す典型として捉えられます。

9. 近世の民衆登拝と講──富士講に見る大衆化

江戸期、結社(講)を組んだ庶民が霊山を目指す「登拝」を日常化。富士講は富士山信仰の民衆的担い手として、江戸と霊山を結ぶ巡礼・寄進・講社運営の体系を築きました。

10. 近代以降の再編──禁圧から保全・共存へ

神仏分離と修験道禁止で霊山の宗教組織は再編を迫られたが、戦後の宗教法制整備で復興。今日では世界遺産登録に伴う保全・管理計画の策定など、信仰・観光・自然保護の三立を図る枠組みが進んでいます。
それとともに、山の在り方を巡る考え方を現代にどう活かすかという視点が大切になってきています。



ということで、少しでも「山」に寄り添ってみる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。




では。


いつも、ありがとう^^


@Rico


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世界が平和であるために


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