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高野山巡礼④宿坊で授かった奇跡の御守り──110歳のおばあちゃんが守ったお助け地蔵尊

@Ricoです。

高野山シリーズ第四弾となる今回は、宿坊での写仏体験と、そこで生まれた不思議な出会いから始まった物語をお伝えします。

一度の参拝で終わらない。
約束を果たすために、再び聖地へ──。
それが巡礼というものなのかもしれません。

はじめに──弘法大師諡号下賜1100年の節目

2020年10月。弘法大師空海が「弘法大師」の諡号を賜ってから、ちょうど1100年という節目の年でした。

延喜21年(921年)10月27日、入定から86年後、東寺長者・観賢の奏上により、弘法大師の諡号が下賜されました。

延喜21年(921年)10月27日、入定から86年後、東寺長者・観賢の奏上により、弘法大師の諡号が下賜されました。

「弘法」とは「弘法利生」
すなわち仏法を弘め、衆生を利するという意味が込められています。

この記念すべき年に、高野山では「大師号下賜1100年記念法会」が執り行われ、金剛峯寺では普段は秘仏である弘法大師座像の特別御開帳もなされていました。

2019年の初参拝で高野山という聖地に深く心を動かされた私は、この1100年という節目に再び訪れることを決めていました。

初参拝の時にお写経をさせていただいたので、今回は「お写仏」のできる宿坊を選んで予約しました。一度参拝しているから、高野山内の地図はだいたい頭の中に入っているので、初参拝の時よりは移動の想定ができている──
そんな安心感の中で、二度目の高野山へと向かいました。

宿坊の夜──運命の出会い

宿坊に到着し、食事を終えてから、お写仏の時間となりました。

仏さまを選ぶのに迷ったけれど、やっぱり大日如来さまにしました。
真言宗において大日如来は宇宙の根本仏であり、すべての仏の源泉とされています。静かに筆を運び、仏さまのお姿を写していく時間は、心が凪いでいくような、深い安らぎに満ちたものでした。

そしてお写仏を終え、お風呂に入ってから、庭の横でしばし休憩をしていると、お隣で食事をされていた三人グループのうちのお一人の方と、なぜか、いろいろとお話しする流れになりました。

70代ぐらいの女性の方です。

夜のお庭を眺めながら、高野山についてのお話をうかがわせていただきました。その方は、もう何十年も毎年高野山に来ていらして、ほかにもいろいろな場所にご縁があるようで、興味深々でたくさん質問させていただきました。

宗派にこだわりのない方で、そのあたりの考え方にも共感して、話が弾みました。

その中で、ひとつの大切な話を教えていただいたのです。

お助け地蔵尊と110歳のおばあちゃん

「大門の近くに、お助け地蔵尊さんがいらっしゃるのよ」

正式には「助の地蔵尊」と呼ばれるお地蔵さま。
このお地蔵さまを守るために、かつて110歳を超えるおばあちゃんがいらしたのだそうです。毎日毎日、お地蔵さんの入り口に座っていらしたと。

そのご婦人は、静かにそう教えてくださいました。

お助け地蔵尊は「兄弟の仲を取り持つ仏さま」としても知られています。

「このお地蔵さんは元熊野辻の地蔵さまと申されておりましたが、私が若い頃に病になり、死を決してお参りした際、人間の苦厄は凡べて慾から起こる、取得より施善こそ人の道であると諭され、一切の欲望を捨てたとき、病は治り極楽の心境まで興えられました。それから誰というとなく助の地蔵というようになり、信者が日増しに多くなって来ました」

お助け地蔵尊の由来を記した碑文には、こう刻まれています。

取得より施善こそ人の道である──。
受け取ることより、施し善くすることこそが人の道である。

この言葉に、私は深く心を打たれました。

そして、ご婦人はこうおっしゃったのです。

「このおばあちゃんが手作りで作られていた御守り、今はおばあちゃんが亡くなってしまい手に入らないのだけど、よかったら差し上げますね。いくつか持っているので」

そんな大事な御守り、いただくわけにはいきません──とお断りしたのだけれど、

「あなたもこういうことが好きみたいだから、是非どうぞ」

とおっしゃっていただき、ありがたく授けていただきました。

その手作りの御守りを手にした瞬間、あったかい気持ちでいっぱいになりました。

「ご縁返しをしなきゃ」

そう、自然と思いが湧いてきました。高野山でのご縁や、たくさんの人からの気持ちというものを伝えていけたらうれしいなぁ、と──。

二日目の不思議──78歳のおばあちゃんとの出会い

翌日、高野山を歩いている途中、さすがにテクテクし通しで、ちょっと休憩しようかなと思い、通りのお店にあるベンチに座っていました。

すると、おばあちゃんが立ってこっちを見ている。

ベンチに座りたいのかなと思い、「こっち、座れますよ」とお声掛けしたら、「ありがとう」とお隣に腰掛けまして──

「これからどこ行くの?」と質問されたので、「奥の院まで行きますよ」と答えると、まさかの言葉が。

「一緒に着いていっていいかね?」

78歳のおばあちゃん。大阪からいらした方で、なんとケーブルカーに乗らずにひとり高野山を登ってきたというのです。高野山には何度も来ているけれど、各所を参詣してまわったことがないのだと。

それじゃあ、私が知る限りの高野山のこと、奥の院のこと、お参りの仕方をお伝えしますね──と、二人でテクテクと歩いていきました。

おばあちゃんの元気の秘訣はスクワット。日頃から鍛えているからこそ、ケーブルカーを使わずに足を使って登れるのだと。

奥の院から金剛峯寺、霊宝館、さらには寳亀院の霊水も一緒にまわりました。こうして歩いていると、健康で歩けることがめっちゃ素晴らしくて宝だなぁと、心から感じました。

不思議な出会いってあるものです。

約束を果たすために──2021年秋、三度目の高野山へ

2020年の旅を終えてから、毎日毎日、あの御守りをカバンの中に入れて過ごしていました。正確にはお財布を包んでいる袋の中に。「今日もよろしくです」と、あったかい気持ちを感じさせていただいていました。

やっぱり、この御守りの場所にうかがいたい。 そして、おばあちゃんに御礼をお伝えしたい。

そう決めて、2021年秋、再び高野山へ向かうことにしました。

この時の巡礼ミッションは明確でした。

ミッション1:丹生都比売神社で例祭に参加
ミッション2:おばあちゃんの御守りのお礼を(お助け地蔵尊さまへ)
ミッション3:高野七弁天さまにご挨拶
ミッション4:立里荒神さまで祝詞・ご真言でご挨拶し、お酒を奉納する
ミッション5:奥の院で空海さんにお会いする
ミッション6:先祖供養をする
ミッション7:お写経、お酒を奉納する

初日は丹生都比売神社の例祭から始まり、バスで高野山大門へ。
お助け地蔵尊への御礼参拝後、高野七弁天めぐりをスタート。
湯屋谷・祓川・嶽弁財天社を巡り、女人道を歩いて女人堂へ下りました。

二日目は大師教会、金剛峯寺、剣先弁財天社、立里荒神社、奥の院での写経奉納、残りの七弁天巡りですべてのミッションを完遂しました。

丹生都比売神社から高野山へ

2021年10月23日、旅の始まりは丹生都比売神社の例祭への参加でした。

丹生都比売神社は高野山の地主神として知られ、弘法大師が高野山を開創する際に神領を譲り受けたという深い縁があります。

御祭神
第一殿に丹生都比売大神
第二殿に高野御子大神
第三殿に大食都比売大神
第四殿に市杵島比売大神。

高野御子大神は、白と黒の二匹の犬を連れた狩人の姿で空海を高野山へ導いた神として知られています。

※丹生都比売神社さん参拝の詳細は、別の機会に譲りますね!

素晴らしい瞬間に立ち会うことができました。

例祭を終え、世界遺産アクセスバスで大門へ向かいました。
そのバスの中で、いよいよ約束の時を迎えるというように、御守りをゆっくりと握り締めて。

お助け地蔵尊への御礼参拝

大門のバス停で降り、お助け地蔵尊さまへ向かいます。

入り口には延命地蔵尊さま、交通安全地蔵尊さま。
一礼して坂を少しのぼると「お助け地蔵尊さま この先100m」の看板。

重いスーツケースがあり、砂利道にひるんでいると、お助け地蔵尊の方からご夫婦がやってきました。なぜかお声掛けすると、階段からの近道を親切に教えていただきました。

もう既にこの時点で「お助け」されている。
まだ到着していないのに、すごいパワーです・・・

階段を一段一段あがり、ついに到着。

お酒とお地蔵さまのお香、おばあちゃんの御守りを持参。
お供えをさせていただき、こちらにお参りに来た経緯をお伝えしました。

お唱えをしている時、めっちゃあったかい感じがして、
「素直に生きていいんだよ」と背中をさすっていただいているような
──自然と涙が出ました。

上のほうにはおばあちゃんらしき方のお写真があり、そちらでも般若心経をお唱えさせていただきました。

この場所は高野七口女人道のポイントでもあります。
かつて女人禁制だった時代、女性たちが御廟を拝みたいと峰々を辿った道の途中に、このお地蔵さまはいらっしゃるのです。

休憩していると、トレッキング姿の方々が丹生都比売神社から歩いてきたと教えてくれました。
「5時間で到着しますよ」と。

なんとなく──また新たなミッションの予感がしました。

むすび──約束とご縁、そして高野七弁天へ

お助け地蔵尊への御礼を無事に果たすことができました。

宿坊で出会ったご婦人から授かった、110歳のおばあちゃんの手作りの御守り。その御守りが、一年後の再訪へと導いてくれました。

「取得より施善こそ人の道である」

この言葉がずっと心に残っています。約束を果たす。ご縁に感謝する。それが巡礼の本質なのかもしれません。

次なるミッションは「高野七弁天めぐり」。
弘法大師が高野山に祀った七つの弁財天社には、「水」との深い繋がりがありました。

高野七弁天とは以下の七社です。

🔹嶽(だけの)弁財天社
🔹祓川(はらいかわ)弁財天社
🔹湯屋谷(ゆやだに)弁財天社
🔹首途(かどで・門出)弁財天社
🔹剣先(けんさき・尾先〈おさき〉)弁財天社
🔹綱引(つなひき・船引〈ふなひき〉)弁財天社
🔹丸山(まるやま・圓山)弁財天社

次回は、高野七弁天の歴史的背景と、すべての弁天社を巡った記録をお伝えします。


では。

いつも、ありがとう^^


@Rico

幸せは自分のために
世界が平和であるために



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