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信貴山から生駒へ|聖天さまと空海さん、千年を超えるご縁の道を辿る旅

@Ricoです。

吉野から信貴山朝護孫子寺への参拝を終えて、なぜか最後に口から出たのが「生駒の聖天さんに行きたいんですけど、どのくらい時間かかりますか」という質問でした。

実は事前の予定から参拝時間が押していて、この日は朝護孫子寺さんのみのお参りになるかな・・・と考えていたはずだったのに、不思議です。
どこかで聖天さまが気になっていたのでしょう。

「ちょうど王寺行きのバスが〇〇分にあるから急いで行けば間に合うで」

そう送り出されて、急速回転で向かいます。最後に一礼して、ありがとうございますと感謝を伝え、急ぎ足で歩き始めました。

この日の流れが、後に女人大峯への登拝へと繋がる大切な道筋となることは、この時はまだ知りませんでした。

信貴山での奇跡的な情報から生駒への道

信貴山朝護孫子寺での参拝は、朝早くから始まりました。毘沙門天王さまのお導きをいただき、境内をくまなく巡らせていただいたのです。

朝護孫子寺は聖徳太子が物部守屋討伐の戦勝祈願をされた場所として知られています。その時に毘沙門天王が寅の年、寅の日、寅の刻に現れたという伝承が今も大切に守られているのです。

本堂での参拝を終えて、奥之院へと向かう道すがら、さまざまな摂社末社にお参りさせていただきました。特に印象的だったのが、剱鎧護法堂での不思議な体験です。

剱鎧護法堂さんで出会った方に内緒で教えていただいたのが、吉野のとある秘密が隠された場所。
しかも、ストレートに場所を教えてくださったのではなく、なんとなく謎解きが含まれていたのも不思議でした・・・

※吉野→信貴山ときて、また吉野の情報?となりますよね!

ここでいただいた気づきが、後の参拝へと繋がっていくのでした。

朝護孫子寺の方に生駒への行き方を教えていただき、背中を押されるように急いでバスに乗り込みます。
そして、王寺駅へ到着。そこから近鉄電車に乗り換えて、初めての生駒ケーブルに乗ります。どの車両もかわいらしくて、山を登っていく感覚が新鮮でした。

生駒山に息づく修験の歴史

生駒山は古代から神聖な山として崇められてきました。斉明天皇元年(655年)に役行者が開いたとされる修験道場で、当時は都史陀山大聖無動寺という名前だったといいます。

この山で若き日の弘法大師空海も修行を積んだと伝えられています。
密教の大成者である空海上人が、この地で厳しい修行を重ねていたという事実に、深い感慨を覚えます。

<御由緒>
江戸時代の延宝6年(1678年)、湛海律師がこの地を再興し、大聖歓喜天を祀ったことから、現在の寶山寺となりました。湛海律師は歓喜天への祈祷に優れ、江戸の大火で焼失した永代寺八幡宮の復興では、思わぬところから金や資材が集まる祈祷の効験を発揮し、人々を驚かせたといわれます。

生駒ケーブルの宝山寺駅から参道を登っていくと、まず目に入るのが大きな石鳥居です。お寺なのに鳥居があるのは、神仏習合の名残でしょう。この地が古くから聖地として崇められてきた証です。
※歓喜天を祀る寺院には鳥居が設けられていることがあり、鳥居及び歓喜天を祀る建物に注連縄を見受けることがあります

聖天さまとの出会い

参道の途中で桜にお出迎えいただき、真っ直ぐに歩いていきます。惣門、和光殿、中門と進んでいくと、遠くに多宝塔が見えてきました。

境内全体図を見て驚いたのは、その広さです。
本堂、聖天堂だけでなく、観音堂、多宝塔、大師堂、開山堂、文殊堂、奥の院まで、まさに山全体が霊場となっています。

まずは本堂でご本尊の不動明王さまにお参りさせていただきます。ちょうど扉が閉まる間際に間に合いました。4月1日には大護摩会式(秘法八千枚護摩供養)、11月初めには仏名式(過去現在未来3000の仏名をお唱えして懺悔する)が行われるそうです。

本堂のお隣には鳥居があり、その先に聖天堂があります。お蝋をあげて、ゆっくりと手を合わせました。大聖歓喜双身天王さまの礼拝手順が書かれた紙があったので、それに従ってお参りさせていただきます。

あくまでも宝山寺さんの礼拝手順となります

毎月、待乳山聖天さんにお参りさせていただいていて、今回生駒聖天さんにもご挨拶できたことへの感謝が溢れます。聖天堂の手前には巾着の飾りがあり、財運のご利益を象徴しています。

聖天堂では毎年5月1日から10日まで大般若会式が行われており、この期間は内陣参拝と宝物拝観ができるとのことです。いつかこのタイミングでお参りしてみたいと思います。

般若窟と弥勒菩薩の神秘

本堂と聖天堂の後方に目をやると、巨大な岩壁が見えます。これが般若窟と呼ばれる場所で、役行者が梵文般若経を書写して納め、弘法大師も若いころ修行された場所と伝えられています。

開祖湛海律師は、この寺院が弥勒浄土の内院であるとの古説に基づき、1682年に仏師院達に弥勒菩薩像を造らせ、この岩屋の本尊としました。また岩山は不動明王の座所とされることから、不動明王像を自作して当寺の本尊としたのです。

この岩石は古代から聖地として崇められ、生駒山麓の生駒神社のご神体でもあります。興味深いのは、この岩脈が東大阪市石切北東部にも分布し、信貴山にも分布しているということです。瀬戸内火山岩類に属する二上層群に関連する火山活動によって生じたと推定されています。

石切といえば石切劔箭神社さん、信貴山といえば朝護孫子寺さん。地質学的にも繋がっているというのは、まさに大地のご縁を感じます。

岩屋ご本尊 弥勒菩薩
遥拝所諸尊 大日如来(金剛界)・虚空蔵菩薩・三宝荒神・弁財天・稲荷大明神・役行者

空海さんの足跡を辿る大師堂

観音堂を過ぎて、さらに山道を登っていくと大師堂があります。お堂の奥には弘法大師空海像が安置されています。

観音堂
ご本尊 十一面観世音菩薩

途中、開眼自戒出世大師と書かれた御姿に手を合わせながら、この山で修行された若き日の空海さんのことを思います。後に真言密教を日本に伝え、高野山を開創することになる空海さんも、かつてはこの生駒山で厳しい修行を積まれていたのです。

大師堂の案内板には、お大師さまの御誓願について記されていました。

現世においては苦しみを、来生においては私たちの先祖の霊をお救いくださるのです。御先祖の霊が成仏なさってこそ私たちの心願も達成されるのですから、是非御先祖の回向をなされと、先祖供養の大切さが説かれています。

南無大師遍照金剛。お大師さまは常に我々衆生とともにいらっしゃいます。同行二人の精神が、この山にも息づいているのを感じました。

さらに、奥の院へ向かいます!

奥の院から岩谷の滝へ

地蔵坂を登り切ると、百度石があり、左手に開山堂、正面に奥の院不動堂があります。開山堂には中興開山湛海律師が自ら刻まれたご自身のお姿が安置されています。

奥の院不動堂では、お線香とお蝋でお唱えさせていただきました。白龍弁財天さまにもゆっくりと手を合わせていると、ニャーという声が聞こえてきます。昔、実家にいた猫にそっくりな子が話しかけてきて、返事をしてくれました。

さらに階段を上がっていくと大黒天堂があります。建立の記を見ると、歓喜天さまと不動明王さまを深く信心し、さらには大黒天さまに帰依し、御縁日には寒暑を問わず必ず登山して尊前にて祈請し礼拝を続けること数年、願望成就したと記されています。

なぜかこの場所にゆっくりとしたくなって、しばし手を合わせていました。空を見上げるとお月さまが見えて、この瞬間は忘れないなと思いました。

大黒天さまと弁天さまの間には、たくさんの仏さまがいらっしゃって、鮮やかな花々と一緒に笑っているみたいに感じます。

その後、岩谷の滝まで足を伸ばしました。しばらくと歩いていくと線路に出て、さらに進むと岩谷の滝大聖院に到着です。白龍大神さまにお参りして、お滝場へ。

お滝場には八柱の神さまがお祀りされ、中央には生駒山岩谷瀧とあり、白玉大神さま、春髙龍神さま、眼力大神さま、そして出世不動明王さまです。このあたりは緊張しっぱなしで、不思議な写真が撮れてしまうほどでした。

鎮宅霊符神との不思議な出会い

お滝場のところまでお参りして戻ろうとすると、行きには気づかなかったお社がありました。中央の碑を確認すると、まさかの鎮宅霊符神さまです。

やはり信貴山からの流れなのでしょうか。よく拝見してみると、一番上の碑には国常立尊、そして大己貴命、少彦名命とあります。今まで拝見したことがない配置です。

この先のエリアがさらに驚くべくことになっていて、ひとつひとつお参りさせていただきました。(実際に参拝してみてください!)
信貴山での参拝から導かれてきたこの流れが、偶然ではないことを確信した瞬間でした。

すべてが繋がる祈りの道

戻る途中の景色が、また素晴らしいものでした。水神さまの延命水に一礼し、天満宮、水掛不動尊さま、宝塔、重要文化財の獅子閣を遠くから拝見しながら、最後にもう一度本堂に一礼です。

すっかり日が暮れても、熱心に参拝される方々がいらっしゃいます。寶山寺さんは24時間参拝可能とのことで、いつでも祈りを捧げることができる素晴らしいご配慮です。

帰り道、熊鷹大明神さまにもご挨拶して、参詣本道まで戻ってきました。桜の吉野から信貴山、そして生駒まで、この2日間で本当によく歩きました。

振り返ってみると、この参拝の流れが次の月の女人大峯登拝へと繋がっていきます。役行者さまが開かれた修験の道、空海さんが修行された聖地、そして聖天さまのお導き。すべてが一本の糸で結ばれているかのようです。

生駒山の岩脈が信貴山や石切さんにも繋がっているように、私たちの参拝の道も目に見えないご縁で結ばれています。それぞれの場所で受け取った気づきが、次の扉を開く鍵となっていくのでしょう。

聖天さまが教えてくれたこと

生駒聖天さまへの参拝で特に心に残ったのは、すべてがお導きだったということです。信貴山での参拝の最後に、なぜか生駒聖天さんのことが気になり、その流れで参拝できたこと。

聖天さまは現世のあらゆる願いを叶えてくださるといわれていますが、それは単に願いを叶えるということではなく、私たちが本来歩むべき道へと導いてくださるということなのだと思います。

空海さんも若き日にこの山で修行され、後に真言密教を日本に伝えられました。その教えの中心にある即身成仏の思想は、この生駒山での修行体験から生まれたものかもしれません。

般若窟に役行者さまが納められた般若経、そこで修行された空海さん、そして湛海律師が祀られた聖天さま。時代を超えて、この聖地で祈りが積み重ねられてきました。

感謝とともに次なる道へ

この日の参拝を振り返ると、朝の信貴山朝護孫子寺から始まり、生駒聖天、岩谷の滝と、修験巡礼を思わせるような一日でした。それぞれの場所で、毘沙門天王さま、聖天さま、不動明王さま、弁財天さま、大黒天さま、そして弘法大師空海さんにお参りさせていただきました。

特に印象的だったのは、それぞれの場所が地質学的にも繋がっていたことです。大地のエネルギーが流れる道筋に沿って、古来から聖地が開かれてきたのでしょう。

私たちの人生もまた、見えない糸で結ばれています。一見偶然に思える出来事も、振り返ってみれば必然だったと気づくことがあります。信貴山から生駒への道のりも、その後の女人大峯登拝へと繋がる大切な準備だったのだと思います。

聖天さまと空海さん、そして役行者さまが繋いでくださったご縁の道。
振り返ってみれば、多くの感謝がありますね。
あらためて、聖天さまとの出会いを感慨深く感じるタイミングとなりました。


では。

いつも、ありがとう^^


@Rico

幸せは自分のために

世界が平和であるために

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