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山の辺の道を歩く【前編】日本最古の古道が繋ぐ神々との対話

はじめに|女人大峯から山の辺の道へ、続く導きの旅

@Ricoです。

女人大峯登拝のあと。

本来なら大阪へ戻るはずでした。でも、なぜか足が向かない。大日山での涙、龍泉寺での感謝の祈り。その余韻がまだ心に残っていて、「もう少しこの大和の地にいたい」という想いが湧き上がってきたのです。

急遽宿を手配して、向かった先。

それが石上神宮でした。

実は今年(2022年)の1月に参拝させていただいた時、不思議なご縁を感じて「必ず再訪する!」と決めていた場所。まさか4ヶ月後に再訪することになるとは、この時は思ってもいませんでした。

そして翌朝。

早朝、自転車で向かう道すがら、遠くから聴こえてくる神鶏さんの声と鳥のさえずり。ドキドキしながらペダルを漕ぐ私の心は、すでに山の辺の道への巡礼が始まっていることを感じていました。

女人大峯で感じた「生かされている」という実感。それをもう一度、違う形で確かめたかったのかもしれません。古代から続く道を歩くことで、時を超えた何かと繋がれるような。そんな予感がしていました。

今回の山の辺の道参拝は前編と後編に分けてお伝えします。
前編では、石上神宮の朝拝から始まり、大和神社、三輪恵比寿神社を経て、大神神社末社から桧原神社へと至る道のり。それぞれの場所で出会った神々、そして内なる気づきの色々をお伝えしますね。

1章|石上神宮朝拝〜十種祓詞との出会い〜

朝8時30分、昇殿への緊張

石上神宮の朝拝は朝8時30分から始まります。

楼門をくぐると、目の前に広がる拝殿と澄み切った青空。

「また、おうかがいすることができました」と心の中でつぶやきながら、まずは朝拝前に他の場所をお参りしてから気持ちを整えます。

実は朝拝の前、神拝詞を準備してキョロキョロしていたら、年配の女性に声を掛けていただきました。

「朝拝参加されるの?」

その方は毎朝朝拝に参加されており、神職さまともツーカーのご様子。手際良く案内していただき、本当にありがたいご縁でした。

神拝詞と玉のをを授かり、朝拝に備えます


十種祓詞の響き

いよいよ昇殿のタイミング。

「うわわわーーー、めっちゃ緊張する」

でも、案内いただいた女性の方に続いて、国宝の拝殿へと上がらせていただきます。

石上神宮の祝詞といえば、気になっていたのが十種祓詞(とくさのはらえのことば)。神職さまと一緒にお唱えすると、ひとつひとつの音の感じとか、流れの様子がよく感じ取れます。

そして一番心地良かったのが、ひふみ祓詞。

「ひふみ よいむなや こともちろらね...」

唱え慣れているというのもあるけれど、古代から伝わるこの言霊の響きが、体の奥深くまで浸透していくような感覚でした。

称言での晴れやかな気持ち

さらに称言(たたえごと)の時には、まさに神さまに呼びかけている気持ちになり、内なる気持ちがふわぁっと晴れやかになります。

「大神大神稜威赫灼尊哉」
(おほかみおほかみみいつかがやくたふとしや)

石上神宮の御祭神は、
神武天皇の東征の時に携えられた平國之剣の神威である布都御魂大神、
饒速日命の天津瑞である天璽十種瑞宝の神威である布留御魂大神、
素戔嗚尊が八岐大蛇を倒した天十握剣の神威である布都斯魂大神。
この三柱を石上大神としてお祀りされています。

朝拝を終えて、禁足地周辺エリアへ。
前回はなんとなくしっくりこなかった場所でしたが、今回はこちらの本来の気を感じることができたような気がします。

2章|大和神社〜戦艦大和と龍神の繋がり〜

猿田彦様とアメノウズメ様のウェルカム

自転車で山の辺の道を進み、途中で夜都岐神社の鳥居を拝しながら、到着したのが大和神社。

鳥居のすぐ先にある摂社・増御子神社が、ものすごい勢いでウェルカム感を出しているのを感じます。
御祭神を確認すると、なんとなく理解できるような感覚となります。

御祭神
猿田彦神、天鈿女命
神武天皇の功臣、椎根津彦の子孫市磯長尾市氏命を祀る。

戦艦大和ゆかりの神社

大和神社は、世界最大最強を誇った「戦艦大和」の守護神とされた神社です。

御祭神
日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)
八千戈大神(やちほこのおおかみ)
御年大神(みとしのおおかみ)

▪️日本大国魂大神は大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)で、宮中内に天照大神と同殿共床で奉斎されたが、第十代崇神天皇六年に天皇が神威をおそれ、天照大神を皇女豊鋤入姫命をして倭の笠縫邑に移されたとき、皇女淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)に勅して、市磯邑(大和郷)に移されたのが当神社の創建であると伝えられている。

http://ooyamatohp.net/concept.html

拝殿の正面に見える龍神さまの画が素晴らしく、紙垂が輝く様子の拝殿にありがたく手を合わせます。

高龗神社の発見

拝殿に向かって左に配置されるのが高龗神社。

「商売を計る、天候を司る」とあります。御祭神は高龗神で、竜神で水の神です。

そして驚いたのが、HPに記載されていた一説。

「延喜式には、丹生川上神社はこの社の別宮と記されていますので、丹生川上神社はこの社から分祀されたことになります」

地元では水神さまの場所として知られていて、お参りの方々が絶えない大和神社。その謂れの場所が高龗神社なのです。

雨師と磐座の不思議な組み合わせ

さらに御社の手前には不思議なエリアが。雨師(あまし)と磐座(いわくら)です。

中国の神「雨師(うし)」の影響を受けた様子で、祈雨止雨の神。磐座は神が宿る神聖な場所。その存在と祈雨の神が合祀されているのが非常に興味深い組み合わせでした。

高龗神社の祈雨神祭についての説明を読むと、古来六月一日の大祭には、和歌山・吉野・宇陀その他から千人余りも参拝者が続いたとあります。丹生川上神社、狭井神社も連なる大祭。

大和神社と三輪山。この繋がりは物理的な道である山の辺の道だけでなく、神さま的な繋がりも深く感じるのです。


3章|三輪座恵比須神社から大神神社へ〜市場の神から崇神天皇まで〜

日本最初の市場の守護神

大和神社から三輪座恵比須神社へ。

狛犬さんの前掛けがステキで、ほっこりします。

御祭神
八重事代主命、八尋熊鰐命、加夜奈留美命。

日本最初の市場の守護神さまです。

お隣には金毘羅神社もあり、まさにエビス・ダイコクさまのペア。

欅の御神木も立派で、こちらの元宮が大神神社末社の大行事社なのだそうです。

天皇社での心地よい風

いよいよ大神神社へ到着し、今回は大鳥居ではなく右の方へ。

階段を上がり天皇社へ。上まで到達すると「うわぁ」という景色と御社の様子が目の前に広がります。ものすごく心地よい風が吹き抜けていきます。

御祭神
御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえのみこと)
第十代崇神天皇です。

崇神天皇は天照皇大神をはじめて皇居より倭笠縫邑(現在の檜原神社)へ移し祀られ、大田々根子命を大物主大神の祭主とされ、大和朝廷の基礎を確立された方。

この空間の広がる緑と花の咲く様子。異空間の世界のなか、心地よい風が吹き抜けていきます。

4章|成願稲荷社から素戔嗚神社へ〜三輪の摂社めぐり〜

三輪成願稲荷社の特別な感じ

天皇社から移動して到着したのが三輪成願稲荷社。

御祭神は宇迦御魂神。

大神神社神宮寺のひとつ、浄願寺の鎮守祠として鎌倉時代に創祀されたと伝わっています。

実は、なぜか稲荷社さんは初参拝のときには特別な感じを抱くのです。

朱色の鳥居が続く参道を進みながら、その特別な感覚を味わいます。

素戔嗚神社でググッとくるもの

今回、どうしてもお参りしたかった場所。祇園さんと呼ばれる素戔嗚神社へ向かいます。

入ってすぐ目に飛び込んできたのが磐座。さらに鳥居の先には、いにしえのスタイルなのか、木と木に繋がる注連縄。

「この場所に立ったときに、なんとはなしにググッとくるものがあります」

素戔嗚神社には須佐男命、白山神社には白山大神、薬師堂には薬師如来がそれぞれお祀りされています。

庚申さま、愛宕大権現さま、金毘羅大権現さま、さらにお薬師さまと十二神将さまもいらっしゃいます。

5章|祓戸神社から神宝神社〜清めと宝の聖地〜

祓戸神社で大祓の神様に出会う

一度大神神社の二の鳥居まで戻ってきます。緑の香りが気持ち良く、身体を包みます。

末社・祓戸神社の御祭神
瀬織津姫神、速秋津姫神、気吹戸主神、速佐須良姫神。

まさに大祓の神さまです。

続いて夫婦岩へ。

古くは神さまが鎮まる磐座で、中世の古絵図には聖天石として描かれていたそうです。大物主大神と活玉依姫の恋の物語である三輪山説話を伝える古蹟とされ、縁結び・恋愛成就・夫婦円満の霊験あらたかな磐座として信仰されています。

有り難く参拝
拝殿
巳の神杉

神宝神社〜熊野との繋がり〜

巳の神杉を参拝後、初参拝のときから心に残る場所となっている末社・神宝神社へ。

御祭神は家都御子神、熊野夫須美神、御子速玉神。

「やっぱり、熊野!心の故郷やね」

熊野の神々がここにもいらっしゃることに、深い繋がりを感じます。


6章|貴船神社から八大龍王辨財天大神へ〜水の神々の聖域〜

貴船神社の磐座

くすり道を通り、狭井神社をチラ見しながら(後ほどおうかがいします)、山の辺の道へ。元伊勢・檜原神社まで徒歩20分の案内を見つつ、その方向へ歩みを進めます。

まず向かったのは末社・貴船神社。

御祭神は淤加美神(おかみのかみ)
生命の根源である水の神さま。

「御本社の大神祭のときには、必ずこちら貴船神社さんにもお供えを上げて祝詞を奏上したと古い記録に残っています」

こちらにも磐座があり、京都を感じながらゆっくりと深呼吸。

八大龍王辨財天大神 龗神神社での奇跡

そして、日本最古社と書かれた看板を発見。

「八大龍王辨財天大神 龗神神社」

鳥居の先には岩壺池と書かれた石碑。さらに進むと弁天池が広がります。

このとき、めっちゃ不思議な光景が目の前に現れます。

「龗神神社の周りに白い綿がふわふわ、ふわふわ」

木から飛んでくる白い綿が、5月のとある一週間ぐらいだけ見られる貴重な景色なんだそうです。なんやら特別なタイミングでの参拝になりました。

池のところのお社が龗神神社、お堂が八大龍王辨財天神社。

貴船神社の淤加美神と龗神神社の龗神。二つの神社、御祭神としての繋がりはないのかもしれないけど、やはり水神さま、龍神さまなので、三輪山の神さまと深い繋がりがあるように感じます。

7章|すべてが繋がっていた〜水と龍と祈りの道〜

高龗神から見えてきた繋がり

振り返ってみると、今日一日で出会った神々のすべてが繋がっていました。

大和神社の高龗神社が丹生川上神社の元宮かもしれないという説。
狭井神社が祈雨神祭で重要な役割を果たしていたこと。
貴船神社と龗神神社の水神・龍神の繋がり。

狭井神社といえば三輪山登拝の登拝口であり、御神水と健康・病気平癒と冠される場所。
その御祭神は大神荒魂神を主神とし、大物主神、媛蹈鞴五十鈴姫命、勢夜多々良姫命、事代主神を配祀しています。

この御祭神に深い関わりがあるのが高龗大神と推察されます。紐解いていくと、もちろん貴船神社や下鴨神社・上賀茂神社に繋がっていくのです。

山の辺の道の本当の意味

山の辺の道は、記紀に名が見える日本最古級の古道で、社寺・古墳・陵墓が帯状に連なる宗教的景観を体感できる道である、というのは認識していましたが、より深い意味合いを感じます。

石上神宮(布留川=源流は龍王山)、大和神社(境内摂社・高龗神社=水神)、三輪山(狭井の御神水/大物主の蛇=水霊的性格に関する学説)と、水・竜蛇に関わる要素が点在しており、その流れを今回意図せずとも体感させていただくことになりました。
※公式見解ではありません

それは水の道であり、龍神の道であり、祈りの道を感じるものです。
石上神宮から始まり、大和神社、三輪山へと続くこの道は、古代から水を司る神々を繋ぎ、人々の祈りを天へと届ける聖なるルートだったのでは?と感じるのです。

女人大峯で大日山に登り、龍泉寺で水行をした翌日に、この水と龍の道を歩くことになったのも、きっと偶然ではないのでしょう。

まとめ|前編を終えて〜受け取ったこと

たくさんのキーワードを受け取って

延泊した一日だけでも、あまりにもたくさんの神さまとその繋がりの話がやってきて、「ちょっと脳内の整理がつかない」ぐらいたくさんのキーワードをいただきました。

特に高龗神との繋がりが非常に深いですね。

でも、それもまた恵み。すぐに理解できなくても、きっと必要な時に必要な形で腑に落ちてくるのでしょう。

白い綿が舞う奇跡のタイミング

八大龍王辨財天大神での白い綿が舞う光景。年に一週間だけの貴重な景色に出会えたこと。

これもまた、女人大峯から続く導きの一つだったのかもしれません。すべてのタイミングが完璧に整って、この瞬間、この場所に立つことができたのだと感じます。

山の辺の道の奥深さ

「山の辺の道、やはり、想像以上にめっちゃ奥が深い...」

日本最古の道は、歴史の深さと共に多くの物語と神々の繋がりを秘めていました。そして、まだまだ道は続きます。

天然のお滝、お不動さまにお清めをいただき、いよいよ檜原神社まであと少しです。

後編では、元伊勢と呼ばれる檜原神社、そして三輪山奥之院玄賓庵を経て、最後は狭井神社でのフィナーレを迎えます。

ふと感じた思いに従う

今回、登拝後真っ直ぐ帰京する予定だったのですが、やはり何かの「想い」を感じたので、再び奈良への歩みを深めるようになりました。
女人大峯の翌日に山の辺の道を歩くなんて、まったく予定していなかったこと。しかしながら、導かれるままに進んだ結果、こんなにも深い繋がりと気づきに出会うことができました。

石上神宮での朝拝と祝詞
大和神社での龍神、そしてその深い繋がり
三輪山を囲む摂社・末社の神々
そして水と龍の聖地

あなたの人生にも、きっと同じような導きがあるはずです。それに気づき、素直に従ってみる。そうすると、思いもよらない発見と感動が待っているかもしれませんね。


では。

いつも、ありがとう^^


@Rico

幸せは自分のために

世界が平和であるために


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