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松尾大社①水と山の信仰深い「四神の地」と秦氏

こんばんは!
@Ricoです。

最近の記事ばかりで、遠征した京都巡礼の記事がまったく書けていない。。。💧


ということで、2025年1月の京都巡礼ねえさんぼ👣
※参拝場所の概略は以下を参照ください🙏



東寺参拝に続いて、向かった先はこちら↓

松尾大社✨

脇勧請がまだ枯れていない。。。
→榊の束が吊るされており、鳥居の原型といわれます✨


東寺からだいたい40分ぐらいで到着します‼️

前回、2022年にも参拝させていただきましたね✨
6月は、さすがに枯れてますw



前回の参拝の内容を取りまとめつつ、完全参拝していきましょう^^



と、境内各所を参拝する前に

松尾大社の基本情報✨

1️⃣ 京都最古の神社といわれ、磐座祭祀にはじまる場所

社殿建立の飛鳥時代より以前の太古の昔、この地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の神霊をお祀りし、生活守護神としたのが起源といわれます。

ご神体である松尾山


2️⃣ 平安京を守護する地、皇城鎮護の社

平安時代以降朝廷の守護神とされ、松尾大社と賀茂神社とは皇城鎮護の社とされ、賀茂の厳神、松尾の猛霊と並び称されます。

撫で亀さまが復活しとりました‼️


平安京は『四神相応の地』とされて造られ、
桓武天皇をお祀りする✅平安神宮を中心に
✅東の青龍(八坂神社)
✅南の朱雀(城南宮)
✅西の白虎(松尾大社)
✅北の玄武(上賀茂神社)
それぞれが守護する地で、京都五社✨と呼ばれます。

いつの間にか、満願してました㊗️



3️⃣ 秦氏と酒造神

HPに記された伝説は以下のとおりにあって

……「大山咋神は丹波国が湖であった大昔、住民の要望により保津峡を開き、その土を積まれたのが亀山・荒子山(あらしやま)となった。そのおかげで丹波国では湖の水が流れ出て沃野ができ、山城国では保津川の流れで荒野が潤うに至った。そこでこの神は山城・丹波の開発につとめられた神である。」……

松尾大社HP

御祭神である大山咋神を仰ぎつつ、秦氏がこの地方一帯の開拓をされたことが分かります。

また、酒造の神といわれる由縁が「秦氏」にあり、
酒造は秦一族の特技とされ、また、秦氏に「酒」のという字の付いた人が多かったのだと‼️
ここからも酒造との深い関わりが分かります🙏

山盛りの酒樽‼️


さらに、今回一月の京都巡礼でいうと
「東寺」からはじまっているので、「秦氏」もキーワード🔑になりますね‼️


ちなみに、東寺と秦氏と伏見稲荷大社の関係性については、簡単にいうと以下のとおり。

☑️伊奈利社(伏見稲荷大社の創祀の呼び名)の祭祀が秦氏によってなされていた。

☑️その子孫が歴代稲荷社の祠官となり、天長4(827)年東寺の鎮守となった。

☑️伏見稲荷大社の祭事のなかで、最も重要とされる「稲荷祭」(毎年4月末〜)。この稲荷祭の還幸祭では東寺に立ち寄り、僧侶による般若心経(東寺の神供)が唱えられる


ここには、空海さんも絡んでいるとされています。

当時、官寺だった東寺。
その造営に際し、五重塔の用材を稲荷山から調達した(らしい)。一説では、この稲荷山の聖域から木材を切り出したため、それがたたって淳和天皇が病気になったと占断された。
朝廷は官寺である東寺の造営にかかわることであったので、その罪滅ぼしとして従五位の下の官位を伏見稲荷大社に与え、天慶5年(942)に正一位を、応和3年(963)に京の東南の鎮護神と定めたといわれます。


てなワケで
次回から、松尾大社さんの境内へ✨




では。


いつも、ありがとう^^


@Rico


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