「いのちは、誕生日から始まったのか。」
そもそも、あなたのはじまりはどこから?
人は、生年月日から占う。
算命学も、
西洋占星術も、
四柱推命も。
生まれた日。
生まれた時間。
生まれた場所。
そこから、
「あなた」という人間を読み始める。
でも、ある時、
ひとつだけ分からなくなった。
その日まで、あなたはどこにいたんだろう。
私たちは、
誕生日に突然現れたわけではない。
母の胎内で、
すでに生きていた。
心臓は動き、
身体は育ち、
時間は流れていた。
なのに、人間を読み解こうとすると、
なぜかその時間だけが消えている。
私はそこに、
奇妙な空白を感じた。
名前をもらう前。
誰かの娘になる前。
役割を持つ前。
愛される前。
傷つく前。
期待される前。
まだ、
何者にもなっていなかった時。
そこには、
何があったのか。
私は、その
何者にもなる前の、いのちの中心を
「胎内干支」として言葉にしています。
私は、人間を2層から読み解きます。
ひとつは、通常の算命学の
生まれたあとの三柱。
家族の中の私。
社会の中の私。
働く私。
愛されたい私。
何者かになっていく私。
そして、もうひとつ。
その役割より前にある、
いのちの中心。
三柱で生きる私と、
胎内干支にある中心。
その二層を、
同時に見ます。
なぜ、そんなに頑張るのか。
なぜ、嫌なのに離れないのか。
なぜ、愛しているのに傷つけるのか。
なぜ、安心しているのに
次を探してしまうのか。
強さの奥には、何があるのか。
優しさの奥には、何があるのか。
丘の算命学は、
人間という謎を解くための算命学です。
光だけではなく、
怖れも、執着も、寂しさも、愛も読む。
その人が生きるために、
必要だったものだから。
ここでは、これから
「いのちの謎を解く60干支」
を書いていきます。
60干支を、
60種類の性格としてではなく、
ひとりの人間の中にある、
60の怖れ、
60の生存方法、
60の顔
として読みます。
三柱を生きながら、
中心を失わない。
何者かになりながら、
何者でもない自分を忘れない。
そして最後には、
私たちは一体、何者なんだろう。
その謎を、
60干支から追っていきます。
算命学で人間の謎を読む人
櫻井のり子/ママリラ
グリーンゲイブルスの丘


