hsp71歳 チャンスの神様の髪を掴んだ47歳の春
ようこそおいでくださいました🤗
GreenSailです
学習支援員は夏休み中なので、英語に関するお話を。
今日は、Guam旅行の続きです。
最後まで読んでいただけたら嬉しいです💕
春休みに行ったGuam旅行。
帰ってきたらすぐに新学年度が始まった。
4月初めの会議で、校長先生が
「今年も6月末にアメリカの姉妹校から先生方が視察に来られます。
そして、こちらからアメリカに行くのは三年目で最後の年となります。
希望の方は、二、三日中に申し出てください。」と言った。
一年目は、もうすぐ教頭になろうかという男性教員が行った。
外交的で「どうにかなる。」がモットーの人だから、大いに楽しんで来られたようだった。
二年目は、HSP気味の大人しいタイプの若い男性教員が行った。
彼が帰国報告会で
「英語ができたら楽しいと思います。とにかく、授業を見せてもらっても何を言ってるか分からないし、
子どもたちが寄ってきてくれても何も言えない。
パーティとかも立って見てるだけ。
周りの人たちが笑ってても、なんで笑ってるか分からない。
しかも、ホテルに帰ってテレビをつけても日本語の字幕出てきませんしね。
仕方ないから、TVショッピングと天気予報ばっかり見てました。英語のできる人が行ったら楽しく交流できると思います。」
と、言ったのだった。
当時は、やっとパソコンが個人持ちになりだした頃。ポケベルから携帯電話のメールに移行した頃、たしか
姉妹校提携をした2000年、私は担任をしながら校内の研修主任をしていた。
そもそも、なんで田舎の小学校がアメリカに姉妹校を持ったのか。
某国立大の教授のお子さんが3人在籍していて、「3年間の国際交流プロジェクトに協力してほしい」と教育委員会を通じて打診してこられたのが始まりだった。
その教授の長男君を私が担任していたご縁もあり、
「アメリカの先生方に授業を見せてあげてほしい。」
と声をかけられた。
ちょうど英会話教室に行き始めて間もない頃で、英語を喋りたくて仕方がない頃だった。
もともと「国際交流」にも興味があったし、研修主任という立場だったので、先生方に協力を呼びかけやすかった。
そんな偶然がいくつも重なり、2年間にわたる「おもてなし」の昨年、帰国間際のアメリカの先生方が笑顔で私に言った。
「来年は、あなたがいらっしゃい。」
ずっと胸の奥にあった、この一言。
しかしアメリカ研修は毎年9月末。運動会に遠足と、一年で一番忙しい時期に、2週間余りもクラスを空けることはできない。
それが一番のハードルだった。
ところが希望申請の締切の日。
校長先生が言った。
「今年のアメリカ研修は、向こうの都合で夏休み中になりました。
授業もあるそうです。
まだ希望申し出がありません。
本日中に申し出が無ければ、私が行きます。」
職員室がざわついた。
「夏休み中やって。」
「それやったら行けるやん。」
「英語できる人って、去年言ってたし。」
皆んなの視線が私に集まる。
「え? 私?」
「あんたが行くのが一番いいよ。」
「そうやん。ずっと交流のお世話してきたし。」
「行ってき〜。」
「おみやげ買ってきてな。」
その声に背中を押され、廊下に出ていかれた校長先生を追いかけた。
このチャンスを逃してなるものか。
前を歩く小柄な校長先生。
ちょっと光った後頭部が見える。
チャンスの神様の髪が風になびいた気がした。今だ!
しっかり掴んだ。
「私、行きます!」
「アメリカ研修ご招待切符」をゲットしました👍
職員室に戻ると、仲良しの先輩が言いました。
「あんた、婆ちゃんどうすんの?
ダンナさんと婆ちゃん連れて行くんか?」
そうだった。
同居の実母と夫。
最大の難関が残っていることに気づきました。
・・・どうしよう🤣
次回に続きます。
ここまで読んで下さってありがとうございました💖
