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【AIイラストの考え方】調整しすぎると起きること

🎨 できることが増えた頃

ネガティブプロンプトを覚えて、ランダム性との付き合い方も見えてきて、「書かないこと」が設計になると気づいた頃のことです。

なんというか、手持ちのカードが増えた感覚がありました。

光の方向を指定できる。質感も選べる。要素の配置も、ある程度はコントロールできる。前景・中景・背景のレイヤーを意識して書けるようになった。ネガティブで不要なものも弾ける。

ここまで来ると、つい全部使いたくなります。


🎨 全部書いたプロンプト

あるとき、持っている知識を全部詰め込んだプロンプトを書いてみました。

光の角度、質感の種類、配置の位置関係、色温度、被写界深度、パーティクルの密度。ネガティブにも丁寧に除外項目を並べて、レイヤーごとの情報もしっかり入れて。

書き終えたとき、ちょっとした達成感がありました。よくここまで書けるようになったなあ、と。

生成された絵は、破綻していませんでした。指定した要素はおおむね反映されていて、構図も崩れていない。技術的には「うまくいった」と言えるものだったと思います。

ただ、なんとなく、見ていて息が詰まる感じがありました。


🎨 正しいけど硬い

全部が指定通りに並んでいるのに、絵として窮屈に見える。

最初は何が引っかかっているのかわからなくて、しばらく眺めていました。

たぶん、AIが判断する余地がほとんど残っていなかったんだと思います。すべてが指示通りに配置されているから、ふっと入ってくる気持ちよさみたいなものが、どこにもなかった。

前回、「書かないことが委ねることだった」と気づいたはずなのに。

知識が増えた分だけ、書ける項目が増えた分だけ、また全部を自分で決めようとしていました。


🎨 覚えた直後がいちばん過剰になる

これ、たぶん制御に限った話ではなくて。

新しいことを覚えると、しばらくはそれを使いたくなります。使えること自体がうれしいから、つい全部の場面で使おうとする。

プロンプトも同じで、「書けるようになった」ことと「書くべきかどうか」は別の話でした。

全部書けるようになったあとに気づいたのは、全部書かなくていい、ということではなくて。全部書ける状態で「今回はここだけ書く」を選べるようになることが、たぶん制御の仕上げなんだろうな、ということでした。


🎨 手放せるのは、持っている人だけ

手段を持っていないときの「書かない」と、持っている上での「書かない」は、同じ行動でも中身が違うのかもしれません。

片方はまだ手段がないだけで、もう片方はたぶん、判断です。

そのあたりの区別がはっきり見えたわけではないんですけれど。

まだ、毎回うまく選べるわけではないですけれど。


あとがき

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

いろいろ覚えたから、ついつい使ってしまいたくなるんですけど、もうちょっとだけ整理させてくださいw

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