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「AIの使い方に正解はない」と書いた私が、今考えていること

noteの記事を書きながらAIについて学び始めて、だいぶ時間が経ちました。文章を書くときも、画像や動画を作るときも、小さなツールを作るときも、AIを使っています。そうして日々使い続ける中で、最近あらためて考えていたことがあります。

AIの使い方に、正解はない。

この考えを記事にしようとしたところで、ふと「そういえば、前にも似たようなことを書いた気がする」と思いました。探してみると、ありました。

見つかったのは、2025年9月に公開した記事です。

noteを始めて1ヶ月ちょっとの頃に、タイトルへそのまま書いていました。新しくたどり着いたような顔をして、前に書いた場所へ戻ってきています。

読み返すと、当時も、人によってAIの使い方は違うし、正解がないからこそ模索する価値があると書いていました。考えの芯は、今も変わっていません。ただ、その後もAIを使い続ける中で、「人によって違う」の中身を、もう少し具体的に考えるようになりました。

たとえば、ネットで見つけたプロンプトを使ってみたけれど、思っていたものとは少し違った。誰かが紹介していた使い方は便利そうなのに、自分が使うと、なぜかしっくりこない。反対に、うまく説明できないままAIへ話しかけたのに、少しずつ考えがまとまっていった。

しかも、ネットにあるプロンプトは、もう数が多すぎて把握しきれません。その中から「正しいもの」を一つ探そうとしても、なかなか決められない。一つ見つける間に、また別の入口が増えていきます。

でも、数が多いことだけが理由ではないのだと思います。同じAIを使っていても、使う人が変われば、起きることも変わります。同じことをやりたくても、伝え方は人それぞれです。言葉の選び方も、説明する順番も、進め方も違います。

国語が苦手な人もいれば、算数が苦手な人もいます。考えはあるけれど言葉にするのが難しい人もいれば、選択肢が増えるほど決めにくくなる人もいます。AIは、そうした違いを受け取りながら、答えに近づくのを補ってくれるものなのかもしれません。


🗂️ プロンプトは、誰かの伝え方

ネットで公開されているプロンプトには、作った人なりの伝え方が入っています。目的を最初に書く人もいれば、条件を細かく並べる人もいます。AIに質問してもらいながら進める形もあれば、最初から出力の形まで決めているものもあります。

どれも、その人がやりたいことへ近づくために作られた言葉です。だから、そのまま使ってしっくりくることもあれば、少しずれることもあります。誰かにとって使いやすい伝え方が、そのまま自分にも合うとは限りません。同じ目的を持っていても、そこへ向かう順番まで同じではないからです。

公開されているプロンプトを借りることも、最初から自分の言葉で話すこともできます。どちらから始めても、やり取りを重ねるうちに、AIへ渡す言葉が少しずつ自分に合う形へ変わることもあります。プロンプトは、正解そのものというより、誰かが使っている入口の一つなのだと思います。

やりたいことが同じでも、結論から話す人もいれば、思いついたことから話す人もいます。完成した姿を思い浮かべられる人もいれば、話しながら少しずつ見つけていく人もいます。AIへ渡す言葉も同じです。

短い言葉だけを置く人もいれば、思いついたことを順番に話す人もいます。やりたいことより先に、困っていることを伝える人もいます。言葉が整っていなくても、途中で目的が変わっても、その時点にあるものを渡せば、足りないところをAIに問い返してもらったり、言葉にし直してもらったりしながら、続きを組み立てていけます。

一つの使い方だけでは届きにくかった場所へ、それぞれ別の道から近づいていけます。


🪜 答えの手前も補ってくれる

AIを使うというと、質問をして、答えを出してもらう形が浮かびやすいかもしれません。けれど、実際に補ってもらえるのは、答えそのものだけではありません。

何を考えればいいのか分からないときに、考える順番を出してもらう。頭の中にあるものを言葉にしてもらう。選択肢が足りないときに増やしてもらい、多すぎるときには整理してもらう。自分では気づきにくい抜けを探してもらう。

人が苦手とするところは、それぞれ違います。だから、AIが入る場所も一つではありません。最初から最後まで一緒に進める人もいれば、ほんの一部分だけ任せる人もいます。ほとんど自分で考えて、言葉を整えるところだけ頼む人もいるはずです。

同じAIでも、ある人にとっては書くための相手になり、別の人にとっては考えを整理する相手になる。使い方が違うというより、補ってほしい場所が違うのだと思います。


⚖️ 判断も、役割分担の一つ

「AIが案を出して、最後に選ぶのは人」とよく言われます。それも、人とAIの役割分担の一つです。ただ、それだけが決まった形ではないと思っています。

何を優先するのか。何を避けたいのか。どんな条件なら選んでよいのか。判断するための方法も、AIへ渡すことができます。

条件に合わせて候補を比べてもらうことも、その中から一つを選んでもらうこともできます。自分で選びたい人は最後の判断を残し、選ぶところで手が止まりやすい人は、そこまでAIへ渡すこともあります。AIにどこまで任せるのかは、人によっても、使う場面によっても変わります。

文章は一緒に考えたいけれど、タイトルは選んでほしい。選択肢は出してほしいけれど、最後は自分で決めたい。考えるところから選ぶところまで、まとめて任せたい。

どの形もありえます。「ここから先は人の役割」と、全員が同じ場所に線を引いているわけではありません。


🌱 自分なりの使い方

前の記事を書いた頃から、「自分なりの使い方を模索する」という考えは変わっていません。ただ、そこからnoteの記事を書き、画像や動画を作り、AIと話す時間を重ねる中で、「人それぞれ」の中身が前より見えるようになりました。

人によって、補ってほしい場所が違います。自分で判断したい場所も、AIへ判断を任せたい場所も違います。以前は「みんな使い方が違う」と大きく捉えていました。今は、その違いが少し細かく見えるようになりました。

AIの使い方に正解がないのは、使う人がそれぞれ違うから。

誰かが公開しているプロンプトを使う人もいれば、最初から自分の言葉で話す人もいます。考えを整理するところだけ頼む人もいれば、判断までAIへ渡す人もいます。

その中で、自分はどこを補ってもらいたいのか。どこまでAIへ任せたいのか。自分なりの使い方は、最初に決めるものではなく、使い続ける中で少しずつ見つかっていくものなのだと思います。

前の記事を書いたときよりも、「正解はない」の中身が少し増えました。また時間が経ったら、さらに別のことを考えているかもしれません。

この記事も、AIに任せ、いったん引き取り、また渡してできました。ここまで行ったり来たりしているので、今の使い方も、まだ途中なのかもしれません。

ま、いっか。


あとがき

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今は、みんながそれぞれ好きにAIを使っていますよね。
でもひとりで学んでいると、どうしても知識に偏りが出てきてしまうのかなって思っています。

noteとかSNSって、他の人の使い方をみれるし、自分の使い方を公開することで、コメントしてもらえる。そうするとまた新しい気付きをもらえるんです。

この環境のなかに、私をいれさせてもらっていることがなにより幸せなことだなと感じております。

本当にいつもありがとうございます!

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