煮出すほど、甘くなる
6歳のわたし
木造二階建ての家の階段を、何度も上り下りした。庭の塀の上を歩く近所の猫を眺めながら、妹が来るのをひとり待っていた。産まれたばかりの妹は、小さくてかわいかった。でも、わたしは喜べなかった。
お母さんはずっと妹を抱っこしている。いつもわたしを呼び捨てにするのに、妹には「ちゃん」を付けて呼ぶ。妹には笑いかけるのに、わたしにはそっけない。「〇〇ちゃん(妹)をお腹の中に戻して」とわたしが言うと、お母さんはケラケラ笑った。お母さんは、いつもそう。笑いごとじゃないのに。
家中のぬいぐるみを並べてみても、トイレットペーパーの芯をマイクに、好きな歌を歌っても、つまらなくなった。保育園での時間まで、つまらない。お昼寝から起きておやつの時間が済むと、部屋の窓に張り付いて、ばあちゃんが早く来ないか待っていた。
いつからか、ばあちゃんは、内緒でお菓子やくだものをくれるようになった。わたしだけを連れて、川沿いのヨモギ摘みにも連れて行ってくれた。群生したセリを見つけたばあちゃんは、見たことがない顔でよろこんだ。
ばあちゃんは普段、あまり話さないし、笑わない。わたしを小さな子のようには扱わない。だからって、冷たい人じゃないことは知っている。わたしのお腹が痛くなると、心配してすぐに正露丸を出してくれたから。
くさい、くさいと言いながら摘んだドクダミは、カラカラに乾かしてから、煎って煮出すと、ほんのりと甘い香りを放った。
カゴいっぱいに摘んだ草花。一緒に見た土手の景色。斜面で繋げなかった手。春になると思いだす。
🌿
14歳のわたし
ずっと一緒だったばあちゃんが、いなくなった。ばあちゃんの布団が敷いてあった、畳の部屋の窓際に寝転んで、おなじ曲ばかり流していた。動けない日もあった。
クラスのみんなが、なんで楽しそうに笑っているのか、わたしには分からない。わたしが気にしてることを、誰も気にしていない。見えてすらいないみたい。
部活に行って、ラケットを振って、走り回った。ボールを打つことだけを考える時間は、たのしい。チームメイトはみんな、腕も足も日焼けして真っ黒。喉がからからになるまで練習してから飲むポカリは、うまい。
ばあちゃんは肝臓のガンだった。幼い頃に両親を亡くし、ガンが見つかる数年前には、長男を亡くしていた。伯父さんが亡くなってから、ばあちゃんは、お父さんのことをよく伯父さんの名前で呼んでいた。間違えてるよって、誰も言わなかった。
🎾
18歳のわたし
付属の大学に進むこともできたけど、一般受験を選んだ。毎日十時間勉強すると決めて、欠かさずに続けた。いつも持ち歩いていた、よれよれになった英単語帳。メモと付箋だらけのテキスト。どれも角が黒ずんでいて、丸い。
机の引きだしの奥には、中学受験のときにばあちゃんがくれた手ぬぐいが入っている。間違いだらけの字。学校に行けなかったばあちゃんが、わたしのために書いた字。
クラスのほとんどの子の進路が決まり、学校に行けなかった時期もあった。家族にも先生にも問い詰められて、味方はどこにもいない。夜中の寒い部屋で、毎晩机に向かった。暖房をつけていても、足の指先が冷たい。外はしんとしていて、世界には誰もいないような気がした。
夜食を取りにリビングに降りると、夜勤から帰ってきた父と鉢合わせることがあった。「まだやっていたのか」と父は言った。わたしは父に話しかけられても、話さない。なんて言えばいいのか、分からないから。部屋に戻って、父がこの時間に帰って来るときの夜道を想像してみた。
初めて大学を見に行った日。電車の窓から見えた、大きな川を渡る瞬間の景色。冬の光に照らされる水面が、きらきら光っていた。
第一志望には受からなかった。でも今は、そのことに感謝している。第二志望の大学に行ったことで、はじめてわたしが欲しかった言葉をくれる人に出会えたから。
英単語帳は、今でも勲章みたいに持っている。
📚
22歳のわたし
希望の会社に就職したのに、なんだかいつも居心地が悪い。ガラス張りのきれいなオフィスビルも、おしゃれな社内の風景も、自分には関係のない世界のよう。
部署の人たちとのランチや、終わりのない電話対応。周りの人が当たり前にやっていることは、わたしにはどれも大変だ。
ヒールを履いて、きれいな服を着て、会社に向かう。コンビニのガラスに映る自分から、目をそらしてしまう。電話で怒鳴られたこともあったし、子どもの熱で休んだ先輩の仕事が回ってきて、遅くまで帰れない日もあった。誰かがイライラしていると、自分のことのように疲れた。
時々、ランチに一人で近くの定食屋に入った。同じ部署の人がいないことを、入り口からそっと確かめてから。ベーコンがたくさんのトマトパスタと、食べ終わってから丁寧に入れてくれるカフェオレ。テーブルの小瓶に飾られたガーベラ。少しほっとできた。ばあちゃんも、こうやって一人でお茶を飲む時間が好きだったのかもしれない。
給湯室に人がいると、用がなくても引き返すし、誰かと二人きりでエレベーターに乗るくらいなら、階段を使う。小さな頃からあった癖が、会社に入ってから増えていった。でも、これが何なのか、わたしにはまだよく分からない。
🍝
27歳のわたし
はじめて実家を離れて暮らし始めた。窓から見える山の景色。雨の後に押し寄せる、緑の香り。東京とは違う、澄んだ空気。うれしいはずの新婚生活なのに、なぜだかさみしくて、東京から持ってきた蘭の鉢の前で、毎晩泣いた。
ある日、福島の叔母が、段ボールにいっぱいの野菜を送ってくれた。箱の中に残る懐かしい土の匂いと、白菜を包む新聞紙の中から出てきた小さな蜘蛛。土の匂いを嗅ぐと、ばあちゃんと行った土手を思いだす。一人じゃないと言われた気がして、しばらく立てないくらい泣いた。その冬、蘭は枯れてしまった。わたしの悲しみを吸い取ったのかもしれない。
夫は、わたしの弱さを可愛いと言って、いつも笑ってそばにいてくれた。蘭の前で泣いているのを、一度だけ見られてしまった。夫は、外で夕飯を済ませてきたはずなのに、「駅前の焼き鳥、食べに行こう」と言った。久しぶりの、夜の居酒屋だった。
それなのにわたしは、頼っちゃいけないと思っていた。
翌年、元気な赤ちゃんが産まれた。新生児室から聞こえた泣き声は、一番大きかった。わたしから、こんなにぎやかな子が産まれるとはね。わたしも赤ちゃんも、毎日ただ生きることに必死だった。
🍼
32歳のわたし
子どもを育てることは、小さな頃からの夢だった。でも、子育ての大変さは想像以上だった。二人目が産まれると体が弱くなって、すぐ風邪をひくようになった。大好きだった揚げ物も、夜のバニラアイスも、お腹が痛くなるから食べられない。
どんなに疲れていても、少しだけしか眠れなくても、またすぐに朝が来て、子どもたちが起きてくる。いっそ全部投げ出して、消えてしまえたらどれだけ楽かな、とか、できないくせに思う。
戦後、学校も行けずに弟妹のお世話をして、自分の子どもを育て、長男を見送ったばあちゃん。その苦労は、どれだけのものだったのだろう。食器を洗い、洗濯物を干す自分の手に、記憶の中のばあちゃんの手を重ねてみる。
夕暮れ時、小さな長女と駅までの道をよく歩いた。線路の向こうの山に沈む夕日が大きかった。すぐに手をほどいて、どこかへ走って行こうとする小さな背中を、必死に追いかけた。
娘が寝ている間に、むさぼるように本を読んだ。これまでずっと人と関わるのがつらかった理由を、やっと見つけた。なんだ、わたしはわたしのままで、よかったみたい。一人の時間が好きで、人が大勢いる場所は今も苦手。それでもしあわせだと、今は知っている。
ばあちゃんのことも、伯父さんのことも、誰も言葉にしなかった。でも子どもたちは違う。わたしが本を読みながら泣いていると、「お母さん、なんで泣いてるの?」と聞いてくる。説明すると、「それはなんで?」「なんでなの?」と、納得するまで追いかけてくる。悲しさの理由をくわしく説明しているうちに、だんだんおかしくなってきて、笑ってしまう。そのまっすぐさで、わたしの心は少しずつほどけていった。
めったに笑わなかったばあちゃんの血は、わたしで止まったのかも。
🌄
いまのわたし
この文章を書きながら、ばあちゃんの声を忘れてしまったことに気がついた。あんなに一緒にいたのに、交わした言葉は多くなかったから。
でも、やっぱりショックだった。
肝臓は怒りをため込む臓器だと、何かの本で読んだことがある。ばあちゃん、ほんとうは怒っていたのかな。なんだか少し、分かるような気がした。
この文章を書き終えて二日後の夜、夢にばあちゃんが出てきた。久しぶりに声を聞けた。
くさい、くさいと言いながら、ふたりで摘んだドクダミ。乾かして、煎って、じっくり煮出すと、ほんのり甘い香りがした。手間と時間をかけることで、感じられる香りがある。
その週末、しばらく行っていなかったお墓参りに家族で行った。お墓の前に着くと、子どもたちは「わたしが花を生ける」「わたしがお線香を持つ」と、いつものように大声でケンカした。
ばあちゃん、わたし、がんばってるよ。
時々は、夢で会いにきてね。
お願いしただけなのに、涙が出た。
今日も書くことで、わたしを知る。

