見出し画像

挑戦すればするほど、“生きた”ことになるのかもしれない



皆様こんにちは🌸ゆとぎです😊

今日も開いてくださり、本当にありがとうございます🩷(u_u*)✨

先日はたくさんのお祝いコメントを頂き、本当にありがとうございました🌸🌸m(_ _)m✨

こうして、
皆様と共有できる時間があること。

とてもありがたいことだなぁ…と
心から思っております🩷✨✨


今日は、
少し不思議だけど、
とても考えさせられたお話をしたいと思います。





「どれだけ挑戦したか」で決まる世界


以前、聞いた話で、

“天国に行くか地獄に行くかは、
どれだけ挑戦したかで決まる”

というお話がありました。

最初に聞いた時、
私としては、結構衝撃的で。

“どれだけ良いことをしたか”
ではなく、


“どれだけ挑戦したか”。

なんだか、
すごく人間らしい考え方だなって思ったんです。





「いい人」なだけでは、見えないもの


もちろん、
優しく生きることは大切で。

人を傷つけないことも、
感謝することも、
本当に大事。

でも、

“失敗しないように”
“嫌われないように”
“安全でいられるように”


だけを考えて生きていると、

気づかないうちに、
“生きる”より、
“守る”が中心になってしまう
ことがある気がするんです。





挑戦って、派手なことだけじゃなくて


挑戦って聞くと、

起業とか、
夢を追うとか、
大きなことを想像しやすいけれど。

本当はもっと、
小さなところにもある気がしています。

・「ありがとう」をちゃんと伝えること
・本音を言うこと
・誰かに想いを届けること
・新しい場所に飛び込むこと
・自分の弱さを認めること
・もう一回立ち上がること

どれも、
怖さがあって。

でもその怖さの中に、
“生きている証”みたいなものがある
気がしています。




「長く生きた」より、「どう生きたか」


私がこの話を考える時、

“挑戦の量”って、
人生の“濃さ”なのかな…


と思っています。

80年生きても、
ずっと心を閉じたままの人生もある。

逆に、
短い人生でも、

何度も挑戦して、
悩んで、
笑って、
誰かを愛して、
自分を表現して。

そういう人生もある。

きっと、
人生って、

「どれだけ長かったか」だけじゃなくて、

“どれだけ命を使ったか”

なのかもしれません。




命を「使う」ということ


“命”って、

「時間」でもあるし、
「心」でもあるし、
「エネルギー」でもあると思うんです。

だから、

誰かを大切にすることも。

夢を語ることも。

悩みながら進むことも。

全部、
命を使っている。

そう考えると、

挑戦して失敗した日も、
遠回りした日も、
意味があったのかもしれないなって、
思える気がしました🌸




最後に


失敗しない人生より、

ちゃんと、
“生きた”と思える人生を。

怖がりながらでも、
迷いながらでも、
一歩踏み出せたなら。

それはきっと、
その人だけの“挑戦”なんだと思います🌸


本日も最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました🌸m(_ _)m✨

この記事が参加している募集