ヤブ医者投資家、バフェットを目指す。みじめな老後、それ自己責任ですよ!
今回は「豊かな老後」の裏側、つまりその対極にある“みじめな老後”について語らせていただきます。
⇒ *今回は、私の個人的な考え/主張であり、他人からの批判は一切受け付けません。読んで不快になる人は読まないで下さい。
私は医師として日々の診療の中で、数多くの生活保護者と出会ってきました。正直、病院の立地や地域によってその割合は大きく異なりますが、いずれにしても“他人の血税でノウノウと生きている”人が、想像以上に多いのです。
中でも問題なのが、「高齢者の生活保護」です。
若い頃から、タバコを吸って、大酒飲んで、パチンコして、年金も納めず、貯蓄もせず、何の備えもなく老後を迎え、最後は国に頼る──これは社会制度の悪用に他なりません(シロアリ級の寄生)。
老後が来ることは、生まれた瞬間に確定している“人生最大の既定路線”です。準備しなかったのは、完全に自己責任。
「人間は平等じゃない」と言い訳する前に、「自分が何をしてこなかったか」を冷静に振り返り、反省すべきです。義務をはたしてこなかった人間に、権利を主張する権利はありません!世の中を舐めすぎです!!
私はそういう人たちを、「アリとキリギリス」の“アリ以下”だと感じています(この比喩が気に入らなければ、せめて現実から目を逸らさないでください)。
そしてもっと驚くのは、その子どもたちです。
80歳近い親が生活保護を受けているのに、40代・50代の子どもが3人も4人もいて、誰一人も親を支えようとしない。病院で彼らを見かけると、皆スマホをいじって暇を潰している。。。
正直、「まずそのスマホ解約して、親に1万円でも仕送りしろ」と怒鳴りたくなることが何度あったか分かりません。
しかもそういう家庭に限って、医者や病院に対してはやたらと注文が多い。
義務も果たさず、文句だけは一人前!!ふざけるのも大概にしてほしい。
かつて、年収数千万円の芸能人の親が生活保護を受けていたことで批判されたことがありました。現職の厚生労働大臣の姉が生活保護を受給していたというニュースもありましたね。
こうした“扶養逃れ”は氷山の一角で、全国にいくらでもあります。
本来、親族の扶養義務は、憲法で定められています。
役所も「はい、生活保護ですね」と簡単に支給せず、「まずは家族の責任を果たしてください」と毅然と対応すべきですし、この考えを否定する世論は、おかしいと思います。
血縁という言葉がすっかり空文化し、日本人古来の責任感・恥の文化が“骨”が抜けてきているとしか思えません。
もちろん、格差や社会構造の問題もあります。しかしそれにすべてを責任転嫁して、「自分でできることをしない、してこなかった人」が増えている。
その裏にあるのは、努力不足・想像力の欠如・責任感の放棄。これらは、単なる“社会的弱者”ではなく、“社会的に無責任な人”です。
「人生なんとかなる」と言って何も備えない人間が、いざとなったら国に泣きつき、支える側の現役世代にどれだけ負担をかけているのか──その現実をもっと真剣に考えるべきです。
今後もこのシリーズでは、「医者の現場から見た、モラルなき患者・家族たち」の実態を辛口で綴っていくつもりです。
不快に思う方もいるかもしれませんが、それだけ今や“日本人の劣化”が末期的だということです。
