濡れた手 乾いた決心
手を洗う
蛇口をひねると、勢いよく水が飛び出し、白い陶器の洗面台にはねた。いつも通りの冷たさが、指先に触れた瞬間、意識を現実に引き戻す。
石鹸を泡立て、手のひらを、指の間を、爪の先まで念入りに擦る。鏡に映った自分の顔は、少し緊張で強張っているようにみえた。目の下のクマは、昨夜ほとんど眠れなかった証拠だ。
洗う動作は、まるで儀式のようだ。汚れを落とすためというよりも、何かを断ち切るために、この行為を繰り返している。それは、今朝起きた出来事かもしれないし、もっとずっと昔から抱えている後悔かもしれない。
泡を流し終え、タオルで水気を拭う。てのひらに残った、かすかな石鹸の香りが、一瞬、安堵をもたらした。
しかし、水滴が蒸発し、肌が完全に乾くと、あの重い感情が戻ってくる。洗っても洗っても、心にこびりついたものは落ちない。
彼は鏡の中の自分に向かって、小さく呟いた。
「これで、大丈夫だ。」
そして、静かに洗面所を出た。その一歩が、彼にとって、すべてをやり直す、あるいは、すべてを受け入れるための一歩となるのか、それはまだ誰にも分からない。ただ、彼の濡れた手のひらが、次の行動を待っている。
