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しあわせ三部作 三『しあわせの泉 七人目の美咲』

あらすじ

事故で死んだ不倫相手の美咲を、死者を蘇らせる泉に沈めた和也。
戻ってきた美咲は、以前とは別人のように従順で愛らしかった。
だが和也は、理想の恋人を求めて美咲を何度も殺し、蘇らせるようになる。
幸福をガチャのように選ぼうとした男が、同じ欲望に裁かれる話です。

「はあ、あんたってさ。本当、最低だよね。金曜の夜に女連れですることじゃねーから。心霊スポットで肝試しぃ? マジ頭おかしいんじゃねーの。はぁ、最悪」
 ――悪くない考えだと思うけどな、おまえに使う無駄金が節約できるし。
 風を切る合間に響く彼女の声に、思考がかき乱されていた。
 これはそのせいだ。俺のせいばかりではない。
 峠道のカーブを曲がり損ねて、崖から宙を舞った愛車のSR400は、大木に熱烈な抱擁をして、無残なスクラップになり果てている。それを見れば、低木の茂みに落ちたおかげで軽傷で済んだことは、不幸中の幸いといえるだろう。
 俺は無事だった。でも……。
 ニケツで後ろに載せていた美咲は、愛車と同じ末路を辿っていた。
 愛車の残骸の傍でうつ伏せに倒れている。だが、顔はぐるりと人体の構造を無視して曲がっていた。近づく俺を睨んでいる。先だっての不機嫌な表情をそのままに、美咲の時間は止まっていた。
 どうすればいいんだよ……。
 事故は痛い。だが、もっと痛いのは、美咲の死だ。死んだことそのものが不味いのではない。これは事故だ。殺したわけじゃない。それはいい。問題ない。だが、一緒にいたと証明されてしまうのは不味い。非常に不味い。
 妻の耳にも入ってしまう。妻は会社の創業者一族の娘だ。出世の鍵。大切な駒。今の社内の立場を守るための生命線。これを失うことになればお先真っ暗だ。出世の道が閉ざされるのはおろか、職まで失いかねない。妻のおかげでおいしいポジションに身を置けている。これを手放してたまるものか。
 恨めし気な美咲の死に顔を睨みつける。
 恨めしいのはこっちだ。最近、態度が鼻につくことも多かったし、こいつが死んだことは別にどうでもいいが、死んだ事実だけはやっかい。
 どうすればいい、どうすれば……。
 頭を抱えてうずくまる。夜気を割って、生暖かい初夏の風が吹いている。木々が騒めき、どこかで野鳥が奇怪な夜鳴き声をあげた。と、それが止んだ瞬間、水が跳ねる音が聞こえた気がした。
 耳を澄ませてみる。ぴちゃっと、また音がした。立ち上がり、出所を探る。
 茂みをかき分けると、すぐ近くに池があった。いや、池というほどではないかもしれない。水たまりのようでもある。だが、水の色が濃かった。月明りの下で、水面が輝いている。澄んだ水なのに底はみえない。どこまでも深く伸びているような気がする。
 ここに放り込んでやれば、美咲の痕跡を消せるのではないか?
 そんな考えが浮かんできた。
 こいつはギャンブルやら売りやらで食いつないでいるような、根無し草の女だ。何年も不倫関係にあるが、まともな友人知人の影すら目にしたことがない。ここに放り込んで遺体さえ隠してしまえば、無かったことにできるのではないか。
 いいぞ、悪くない考えだ。不倫相手はまた探せばいい。なに、多少は金がかかってもかまわない。出会い系アプリでもなんでも使えばいくらでも捕まえられるだろう。妻とのSEXは子供が出来て以来、しまりが悪くて物足りない。経産婦はおもしろくない。だから、不倫相手は絶対に必要だ。たぶん、みんなそうしている。
 美咲の遺体をひきずって、池に放り込んだ。
 ああ、重りをつけてやらないとまずかったかな。
 思ったが、美咲の体は何かにひっぱられるように、沈んでいった。
 見えなくなっていく美咲を眺めていると、ふと胸の中に寂しさが沸く。
 性格はクソだったが、体だけは良かった。それを思うと切なくなる。もったいない気持ちが芽生えてくる。
 そうして、神妙な気持ちで美咲を見送ると、腹が鳴った。
 ロードサービスを呼んでから、牛丼でも食って帰るか。
 そうして、踵を返そうとしたところで、水しぶきをあげて、美咲が池から顔を出した。
 呆気にとられているうちに、美咲は池から這い上がり、げぼっと水を吐いた。
 そして、俺に目を向けた。
 反射的に身構える。が、次の瞬間、美咲は抱きついてきた。
「こわかったよー、和也」
 そうして俺にしがみついて泣きじゃくる。美咲の柔らかい体の感触が心地よい。水浸しのままに抱きつかれ、こっちの服までぬれてしまったが、それも許せるぐらいに柔らかく温かだった。思わず、手を回して抱きしめ、ついでに尻を触った。
 美咲はびくっと反応して、俺を睨んだ。だが、普段の刺々しい目つきではない。悪戯な瞳。
「もうっ、和也のばか。こんな時に」
 言いつつ、唇を突き出してきた。
 水にぬれた美咲の唇は艶やかで、気づけばそこへ口を重ねていた。美咲の舌が少し、控えめに俺の口内に分け入ってくる。絡めてやると途端に情熱的に暴れだした。頭が燃えるような気がして、勢いそのままに美咲を押し倒していた。

「んもう、ひどいよ、和也。こんな怖い目にあわせて」
 服を着ながら、美咲が口を尖らせる。
 言いつつも満足げだった。さっきまで散々に乱れた名残に、顔が上気している。
 怖い目どころか死んだはずなんだが……。
 だが、完全に生きていることは、すでに完璧に証明してしまったので、その疑問も空々しく思える。
 なにが起こったのかよくわからない。だが、以前の美咲より、今の美咲のほうがはるかに良いことは確かだ。すごく良かった。
「ごめんな。怖い目にあわせて」
 美咲はぷうっとほほを膨らませると、とんとんと指先で唇をつついた。
 口づけをしてやると、はにかむように笑った。
「うん。許す」
 うん、かわいい。
 気分があがったので、結局もう一回してから、事故の処理に当たることになった。転倒事故のことは妻にも伝わるだろうが、美咲の存在は隠したままにしておける。

 美咲は献身的で従順で、まったく非の打ちどころのない彼女となった。もともと顔はいいし体もいい、中身だけがゴミクズだったわけだが、今の美咲は中身も宝石だ。気遣いができるし、わがままをいわない。甘えてきても、無理はいわない。最高だった。
 気遣いという言葉が辞書になく、わがままが行動原理で、甘えたところはなく、無理な注文ばかりをつけて、不満を垂れ流し、俺のストレスを増産させるだけのゴミセフレだった、昔の美咲とは別人のようだった。というより、文字通り別人だ。
 以前の美咲は死んだ。事故は確かにあった。俺は愛車を失った。突然のことで混乱はしたし、夢のようにも思えてしまうが、美咲はあの夜に確かに死んだのだ。あの泉に沈んだのだ。
 気になって調べてみたことがある。
 あの泉のことだ。ネット検索ではそれらしいものは出てこなかったが、AIに調べさせると、ひとつの資料にたどり着いた。事故現場近くの郷土史家が記したPDFで、やや雑多にその地方の口伝をまとめたものだった。
 そこに死の泉という記録があった。
 水底が黄泉へ通じているのだという。泉に入ってはいけない。その水を飲んではいけない。などの文言も並んでいたが、それだけだった。
 だが、あの泉のことで間違いないと思えた。あれはたしかに死の泉なのかもしれない。ああ、これはただの勘だが、たしかにあそこに入るのはよくない気がする。ただし、それは生者に限っての話なのではないか。死者にとっては、あれは命の泉なのではないか。
 生きている者が泉に浸かれば死者となる。死者が泉より浮かべば生者となる。
 あれは、そういうものなのでは……。
「どうしたの? 和也。難しい顔をして。お仕事のことでも考えていたの?」
 かわいい美咲がじっと俺を見つめてくる。
「いいや、君のことを考えていたんだよ」
 あながち嘘でもない。
 美咲が頬を赤くした。

 まあ、悪くない。今の美咲はまったくもって悪くない。ただ、少し不満を覚え始めた。
 昔の美咲は扱いづらいのは確かだったが、それが同時に刺激にもなっていた。普段の態度とベッドでの態度のギャップ、そこに良さがあったのだと気づいてしまった。そうすると、態度がいつも一定で、献身的に俺に愛を向けてくる、今の美咲に物足りなさを感じてしまう。それに、少し重いのだ。
「ねえ、和也。わたし、和也の子供、欲しいかも」
 そうして上目遣いにみられるとぞっとする。子供だって? すでに妻とのあいだに可愛げのないクソガキが一人いる。妻にばかり懐いて、俺にちっとも懐きやしない。俺の稼ぎで餌をやっているというのに。小学生になったばかりで、この有様なのだから、成長したらますます憎らしくなること請合いだ。反抗期にでもなったら、殴り倒してしまうだろう。そんなクソガキをもう一人?! 冗談じゃない。そもそも、そんなことをしたら、妻にばれる。破滅へ一直線じゃないか。セフレはセフレらしくしていてほしい。
「奥さんと、別れられない? ずっと和也と一緒にいたい」
 は? バカも休み休みいえよ、バカ女……。
 思わず真顔になってしまったが、
「うれしい! まじめに考えてくれるのね」
 美咲は良い方向に誤解してくれた。
 これはもうダメだな……。
 そう思った脳裏に、夜の泉が浮かんだ。月明りを照り返しながら、水面が誘うように揺れる。
 ああ、そうだな。それがいい。
 脳裏で泉がぴちゃんと音を立てた。
 美咲にはもう一度、生き返ってもらおう。俺のしあわせのために。

 ホームセンターで鉈を買った。五千円のものにした。もっと安いものもあったが、あまり安くて切れ味が鈍いのも困る。なるべく簡単に済ませたい。だから、奮発してあげた。無駄な経費だとは思うが、まあ、理想のセフレとしあわせな夜の生活のためなら、惜しむべき出費でもない。
 それとレインコートも買った。血が飛びそうなので、服が汚れると困るからだ。
「なんに使うの?」
 美咲は不思議そうにしていた。
 君を生き返らせるためさ。
 とも言えないので、山歩きのために、と答えた。
 あながち嘘でもない。実際に泉までの道程で、低木を切る必要があるかもしれない。
 いや、実際そうしたほうがいい。鉈などふるったことがない。使い方に少しは慣れておいたほうがいいだろうから。
 美咲には、あの泉はパワースポットだからもう一度行こうと言って、同行させた。二人で何度も行けば、愛が実り結ばれる、そんなジンクスがあるとも伝えた。
 まあ、実際、うまい具合に生まれ変わってくれたら、その場で味見で結ばれるだろうから、嘘とも言い切れない。どうも、俺は正直者なのかもしれない。
 レンタカーで近場の山道まで行き、そこへ車を停めた。
 美咲は、夜の森に少し怯えているようだったが、手をつないだり尻を触ってやると、気を取り直したようだった。ちょっとした冒険気分の様子で、足取り軽くついてくる。
 鉈ははやくも活躍してくれた。鉈の重みに任せて、慣性でふるうと行く手をふさぐ草木があっさり切り飛ばされる。
「わー、すごいね。和也って」
 ありがとう。これなら、うまくやれそうだよ。君のことも。
 美咲はスマホであたりの光景を撮り始めた。鉈をふるう俺にもレンズを向けてくる。
「和也、笑ってみて」
 そう言うので、鉈をふりあげて、ホラー映画の怪人の真似をしてやった。
 美咲はきゃあきゃあ言いながら、こわいこわいと喜んでいた。
 喜んでもらえてなにより。
 そうして、それなりに楽しい道のりを経て、泉へとたどり着いた。一度来たことがあるとはいえ、ルートが違うし、夜の森で都会暮らしの人間が迷わずにたどり着けたのは、きっと神かなにかの導きがあったのだろう。俺が善人だからかもしれない。税金はきちんと納めているし、犯罪歴もまったくない。大学も一流どころ。妻の一族の会社も業界最大手だ。これは善人過ぎるかもしれない。そりゃあ、神だか仏だかも、導きたくもなる。その気持ちはよくわかる。
 俺にしあわせをもたらしてくれる泉は静かに水面を揺蕩わせている。
「わー、こうして見ると綺麗ね。来てよかったかも」
 そうだね。よかったね。
 俺は鉈を振り上げて、美咲に迫った。
 美咲はさきほどの怪人ごっこの延長だと思ったらしい。きゃあきゃあと嬉しそうに声をあげている。
 その首筋めがけて、草木を狩るつもりで、鉈を振り下ろした。
 血がふいて、顔にかかった。ちくしょう。顔の汚れをふせぐ対策はしていなかった。手落ちだな。
 美咲の顔が驚愕に歪む。裂かれたのど元をおさえて、けふゅうけふゅうと変な息をした。
 どうも傷が浅かったみたいだ。どうもうまくないことのほうが多い。まあ、次があれば、もっと深くやってやろう。
「ど、どうひて、どうしゅてこん……」
 美咲の目から涙が零れる。けっこうそそる顔つきで、下腹部に熱を帯びた。もう一回やってから、やればよかったかもしれない。
 とはいえ、もう済んだことだ。やや中途半端だが、まあ、これで大体死んだといえるだろう。未練を絶つ意味も込めて、泣きながらふらついている美咲を泉へと蹴り込んだ。
 派手な水しぶきをあげて泉に落ちた美咲はなおも泣きながら、かふかふと藻掻いている。
 はやく沈んでほしいのだが。
 退屈を感じたので、タバコに火をつけて、くゆらせた。
「か、かずいやぁ」
 はいはい、ここにいますよ。
「た、たしゅけ」
 はいはい、大丈夫ですよ。どうせ、生き返りますから。だから、おはやくお願いしますね。
 ゆうゆうと一本吸い終わってやっと、美咲は力尽きて沈んでいった。
 胸が高鳴る。さて、どんな美咲がくるかな。
 若いころにハマったソシャゲのガチャを思い出した。無料で何べんも回せるんだから、最高レアも余裕だ。出るまで回せばいいだけだ。
 まあ、多少、労働が必要になってくるのがネックだけども、そこまでいうのは贅沢ってものだろう。
 吸い殻を泉へ投げ捨てて、新しい美咲を待つ。出てくれSSR美咲。あーURとかレジェンドとかもあったな。どれがいいのだか、さっぱりだ。今思うとアホくせえな。ま、とりあえずコモンでなければ、飽きるまでは遊んでやろう。高望みはしないさ。
 水面が波打つ演出がきた。こい! レア美咲!
 ざばっと水しぶきをあげて新しい美咲が輩出された。
 だが……。
「あ、あれ? わたし、なにを?」
 新しく生まれると記憶が混濁するのは確定演出らしい。
「たしか、バイクの事故で……」
 あー、そこまで記憶が戻るのか。というか、最初に沈めた死体が元になるのかもしれない。 
「あ、和也。うぇーん。怖かったよ」
 そうですか。まあ、怖いのはこれからになるかもしれませんけどね。
 今度の美咲は顔はよい、かなりよい、SSRといえるだろう。だが、胸がダメだ。胸がコモン。いや、コモン未満だ。あれ? コモンより下ってあったっけ? 知らんけど。
 抱きついて来ようとした、胸コモンの脳天に鉈を振り下ろした。
 ハズレはいらん。まあ、一度ぐらい抱いてやってもよいが、これから何度もガチャすることを考えると、わざわざ抱いてやるほどの胸でもないだろう。
 胸コモン美咲は、何が起こったかわからぬうちに絶命したようだ。呆けた顔で白目を向いて、泉の中に倒れた。
 無様で、少し笑えた。
 ハズレの処理では、鉈はこのように使うのが正解かもしれない。
 次の美咲もハズレだった。胸はSRだったが、顔が好みじゃない。団子のような鼻だった。甘いものはすきじゃない。脳天に鉈を叩き込んでやった。
 その次の美咲もハズレだった。今度は年端もいかない姿だった。論外だ。ガキは嫌いなので鉈をふるった。的が小さくてうまく処理できず、何度も薙ぐ羽目になった。泣き叫ぶ幼い姿に、まるで俺が悪いことをしているような気分にさせられて、腹がたった。
 次もハズレ、ハズレ。
 やっと当たりが来たと思えば、中身が初代よりもひどかったり、なかなかうまい具合に当たりがでない。10連などができないのも、やきもきさせられた。つねに単発のガチャなので手間が多いのだ。鉈をふるうのも疲れてきた。
「ハズレしかねーのかよ。サービスわりいな」
 腹が立ったので、泉に唾を吐いてやった。
 それが、功を奏したものか、次に出てきた美咲は最高レアといっていい代物だった。
 顔は今までみたことがないほど整っている。西洋人形めいた顔つきだ。肌も白く美しく、月明かりの下で青みがかってみえて、神秘的ですらある。胸もすばらしかった。不自然でない限界点まで大きくしたかのような膨らみだ。脱がすのが楽しみだ。
 間違いない、伝説級の美咲だ、これは。ついに来てくれた。初代から数えて七番目だろうか? 思ったよりも回してないな。それで、これを引き当てるとは、俺は持っている。間違いない。
 ただ、外見はパーフェクトだが、中身はどうだろう? もう、ここまでくれば多少は中身がクソでも許容するが。
「あ、あれ? ど、どうして。あ、バイクの事故で」
 声も軽やか柔らかレジェンド! これはいいぞ!
 レジェンド美咲が俺を見た。
「お、お兄ちゃん。怖かったよぉ」
 お兄ちゃん、きたぁ! 勝ったぁ! 中身も口調も完全無敵に俺好み。実は妹がずっと欲しかったんだ! 最強レジェンドパーフェクト妹美咲ゲットだぜ!
 俺は最強レジェンドパーフェクト妹美咲を抱きしめた。感触も最強です。もうすでに下腹の愚息が大暴れでございます。ありがとうございます。しあわせでございますぅ!
「よしよし、怖かったね、ごめんね。大丈夫だよ、お兄ちゃんがいるからね」
 尻など触りつつ、慰めると、最強レジェンドパーフェクト妹美咲が、きゃっと身を引いた。
「んもう、お兄ちゃんのえっち」
 そうして、顔を赤らめ上目遣いに見てきた。
 はい、最強。さすがレジェンドパーフェクト。
「お、お兄ちゃんなら、嫌じゃないけど、突然、触られたら、びっくりしちゃう……」
 はい、おかわりで最強。さすがレジェンドパーフェクト。
「ご、ごめんね、美咲のこと好きすぎてつい」
 美咲は顔を真っ赤にしてうつむいた。耳まで赤い。はい、また最強。もう胸がはりさけそうです。
「う、うん、許してあげる。みさきだってお兄ちゃんのこと……す」
 はい、聞かなくてもわかるけど、あえて聞こえない音量でありがとう。最強。しあわせすぎるだろう。
 ここで押し倒したいのはやまやまだが、この最強とはじっくりゆっくりとことんやりたい。ここは我慢して街に戻ってから最強にするとしよう。
「か、帰ろうか。帰って、ゆっくり」
 最強が真っ赤なままでこくりと頷く。白い肌に赤みがさして艶やかで最強だった。
 鉈を地面に放り、汚れたレインコートを脱いだ。そうして、泉の淵まで歩み寄ると、まるめて水面に投げ捨てる。
 レインコートまで生き返ってきたらおもしろいな。ポリエステルだから石油だよな。そこから生き返る、ってのは難しそうだ。毛皮ならうさぎやら何やらが出てくるかもしれないが、などと益体もないことを考えていると、スマホの画面を食い入るように眺めている最強美咲の姿が目についた。首を傾げつつ、鉈を探していると、最強美咲が鉈を手に俺の前に立った。
 そして、俺をじっと睨んでいる。
「ど、どうしたの?」
「お兄ちゃん、ずいぶんたくさん、みさきを殺したんだね」
「は?」
 美咲が手にしたスマホに目をやる。俺がハズレ美咲たちを処分する様が、むちゃくちゃな構図で映っている。ハズレたちの断末魔の声がもれてくる。
 二代目美咲が間際に動画撮影していたことを、遠い記憶のようにおぼろげに思い出した。
「お兄ちゃんは、みさきにこんなにひどいことができちゃうんだね」
 最強美咲が目に涙をうかべつつ、睨んでくる。
「い、いや、違う。これは生き返らせるためにやったことで、どうせ生き返るんだから、殺しても大丈夫というか、なんというか。殺すためにやったのではなく、生き返らせるためにやったことで」
 美咲が犬歯をむき出しにして鉈を横に薙いだ。
 喉が熱くなる。
「み、じゃぁきぃ」
 変な声が出る。息苦しい。再び、俺の最強の理想の美咲が鉈をふるった。両目の間に刃が収まって、視界が分断された。
「あご? ほごう?」
 刃がひきぬかれる。美咲が持つ鉈の、肉片まじりの刃が異様に不吉に目に飛び込んできた。
 ぐらりと視界がゆれて木々の合間の空が見える。月が出ている。十五夜だな、と思った。
 ざばりと体が冷たい水に包まれる。沈んでいく。水面が遠のく。息苦しい。月明かりが遠のいていく。
 み、みさき……。

 がはぁ。
 水を吐いた。なんだ? なにが起こったんだ?
 なぜ、こんなに体が冷えている? どうして、こんなに水が体から。
 さんざんに水を吐き出し、余韻でせきこんでいるうちに混乱がおさまってくる。過去の記憶が、まるで今つけたされたかのように、脳裏に流れてくる。
 自分勝手な欲求で美咲を傷つけ、命を奪い、蘇らせて、気に入らぬと殺す。醜悪な行いが脳裏で繰り返されていく。目元が熱くなる。
 俺は、いや、僕は、なんてひどいことを、なんてひどいことを、愛しの美咲……美咲さんにしてしまったのだろう。
「お兄ちゃん」
 声のほうに目をやると、愛しい美咲さんが立っていた。月明かりの下で白い肌が輝いている。造形の極みのような精緻な顔の造作に、すらりと伸びる肢体。胸のふくらみが官能的に過ぎて、目を逸らしたくなる。いや、すべてがまぶしすぎて見ていられないほどだった。あちこちに血糊がついているのが不可解だったが、圧倒的な美咲さんの美しさを前に、そんなことは些細なことに過ぎないと思えてくる。
 思わず顔を逸らしたが、美咲さんは視線を追いかけるようにして、僕の顔を覗き込んできた。
「あー、このお兄ちゃんもいまいち。もう50連なのになぁ。お兄ちゃんって低スペックすぎるんじゃないかなぁ。はぁ。もうやめちゃおうかな」
 何を言っているのか理解する前に顔面に衝撃がはしった。血がこびりついた刃が視界のすぐ下に現れて、愛しの美咲さんの体がみえない。いや、恋人で妹とはいえ、そんなに女性の体をみつめたら失礼だからよいのだけれど。
 そんなことを考えた矢先、焼け付くような痛みが襲ってきた。
 自分の声とは思えぬ、変な絶叫が自分の口からこぼれ出る。
 刃がひきぬかれ、愛しの美咲さんの手元に下がっていく。
 美咲さんが僕に鉈をふるったのだと、初めて理解した。
「ど、どうして。み、美咲さんのこと、愛しているのに……」
 美咲さんに傷つけられた。その事実に頬を伝う熱いものがとまらない。
「鼻のかたちが好みじゃないから」
 は、鼻のかたちが……。
 美咲さんに蹴りつけられて、水の中に仰向けに倒れた。冷たい感触に包まれる。
「ま、あと10連だけ、回そうっと」
 水面が遠ざかる。美咲さんが遠ざかる。沈んでいく。
 もっと、一緒にいたかった……。

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