エッセイ「アジのなめろう」
町へ買い出しへ行くと、ついつい魚屋に寄ってしまう。その日に買うものは決めてあるんだけど、どんな魚が水揚げされたのか、それを見るだけで楽しいんだ。この町には漁港があるからね、アブラボウズなんていう深海魚も獲れるんだよ。
そんなことをしていると、季節を感じる魚も多い。今だとアジがそれだね。確かにアジは五月あたりから店に並び始めるんだけど、その年の一番乗りである「ハシリ」は、まだ十分にエサを食べていなくて、身が水っぽいそれと、早くから肥えて丸々とした個体が混ざり合いやすいんだよ。だから、水揚げ量が安定してきた六月ころのアジのほうが、美味いんだ。
最近はスーパーで三枚におろしてくれるから、本当に便利だなとは思いますよ。おかげでおろしたことのない人も増えたでしょう。それを見下して「三枚おろしが出来るから料理がうまいんです」なんて言うやつがいるけど、ああいうのがバカの骨頂というんですよ。マグロじゃないんだから、アジなんて練習すれば誰でも綺麗におろせるんだから。
アジの食べかたというと、私は「なめろう」だね。
ただ、味噌は使わないでヅケにするんだ、おろしたものをね。醤油、酒、みりんを2:1:0.5くらいの割合で合わせてヅケにして、三時間から六時間ほど冷蔵庫で寝かせたものをたたく。少しのニンニクとミョウガはたっぷり用意して、一緒に叩いて「ゴロゴロした食感が残っている」あたりで、一度半分に分ける。
片方はよけておいて、残り半分は粘りが出るまでしっかり叩くんだ。それを最後に合わせれば、口当たりはなめらかながら、噛むとアジの弾力もしっかり味わえる。こっちは練り物が食べたいわけじゃないからね、それでいいんです。それに味噌を使っちゃうと、青魚特有の臭みがすべて消えてしまうから嫌なんだ。青魚なんて元々臭いものだからね。短時間しか寝かせないのも、味が染みすぎて魚の風味を損なわないためだ。好みで大葉を散らしてもいい。
もし余ったら、このなめろうを翌日の昼にスパゲティに入れるんです。ペペロンチーノのパスタを氷水で締めた冷製ペペロンチーノにからめれば、和風のアンチョビとして使える。余裕があるなら、旬のアスパラガスにオリーブオイルと岩塩を刷り込んで焼いたものを添えれば、海の旬と山の旬を同時に楽しめるんだから、かなり豪華な昼食になるんだ。青い匂いが苦手な人は、なめろうに少し胡麻油を入れればいい。これならご飯やお茶漬けにもしっかり合いますよ。
魚をあれこれ調理するときは、大きさや脂の乗りかたに合わせて変えるものだから、気負わず作ればいいんだよ。調味料とかもね、味見して薄ければ足せばいいんだし。だいたいね、味見をしない人ほど料理は上達しないんです。
夏はイサキやスズキなんかもあるから、魚屋へ寄る機会も増えてしまうんだけど、それはそれで買い出しという仕事においての、ちょっとした休憩になるんだよ。
了
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