寿司屋の流儀は楽しむことのみ(改訂版)
(※過去の記事に加筆・改訂したものです)
一見客の楽しみ方
初めての寿司屋に入ると、大将やカウンターの客が一斉に見てくることがあるでしょう。予約しないといけないような高い寿司屋じゃなくてね、町中の昔ながらの寿司屋なんだけど、そういう店はね、一見さんより常連さんで成り立ってるんだよ。だから「余所者が来たな」と思われてしまう。尻込みしてしまう気持ちも分かるけど、引き戸を開けたからには後戻りはできない。そんな時は楽しみ方を探すんですよ。
だからね、こちらも謙虚になって「お邪魔します」という気持ちでカウンターに座る。それが許せない人は、行き慣れた寿司屋へ行けばいい。どちらがいいという話ではないんだよ。小さな店でも、常連がいるということは、何かしら良いところがある。大将の話術や、他にはない寿司の美味さとかね。江戸前寿司はすべてのネタに「仕事」がしてあるから、その店の技が見える。
店の顔である玉子焼きの味はもちろん、マグロはヅケに、白身は昆布締めであったり、貝やイカなどは隠し包丁がしてあるんだ。そうではない寿司屋は、ネタそのものの善し悪しで勝負が決まるから、大将の目利きが光る。いい店というのは信頼できる問屋が良い魚を厳選して届けるから、職人はそれが本当に良い刺身になるのかを見抜く知識と経験がないといけない。
コハダに見る腕前

私が頼むのはまず、つまみと日本酒、それにコハダだね。まあ、つまみにネタとして使う刺身を盛ったものしかないと残念になるんだけど、タコの煮物とかがあるといいね。「タコの柔らか煮(桜煮)」は、ほんのり温かくて甘辛いから酒との相性がいいんだよ。先に酒を飲むことで、胃が刺激されて食欲が増すんです。
そして、コハダ。コハダは店によって仕事の仕方が違うんだよ。これは江戸前じゃなくても、寿司屋ならどこでもそうだ。例えばね、塩分とか酢の加減、小骨の処理。そういったことを味わうだけで、「おっ、ここのコハダは好きだな」と思えれば嬉しい。私は食通でもないので「美味いかまずいか」という話じゃないし、余程の店でなければ真っ当なコハダが食べられるから単に好みの話です。
口へ入れると、ふんわりと酢の香りが涼風のように流れてくる。そこで噛むとね、コハダのかすかな脂がじゅわっと感じられて、残されていた魚の旨みが立ち上がるんだ。ここでは塩なんて「隠し味」になるように計算されているのが憎いじゃないか。「寿司は白身から」なんていうけどね、あれは美味しく食べる方法であって、マナーでもルールでもない。青魚特有の味を消したければ、酒かお茶をいただけば元に戻りますよ。
おまかせとわがまま

そうして、落ち着いた頃におまかせで出してもらう。一通り握ってもらって、何か足りないなと思ったら後から頼めばいい。文字通りおまかせだから、慣れない店でもこの時ばかりは何も考えずに無心になれるんだよ。その時に「中トロが気に入ったんで、もうひとつお願いします」とネタを褒める言葉を挟めれば、相手も悪い気はしない。ただね、トロや貝ばかりを食べると内心で笑われるよ、常連に。そんなのは味やクセが強いから、子供でも分かる美味さなんだ。
昔、飛び込みで入った寿司屋がいい雰囲気でね、大将は若いが優しい感じの店に出会ったことがある。おまかせで甘エビのにぎりを食べたけど、これが絶品だった。甘いけど甘いだけではない、鼻腔をくすぐる海の香り。絹のような舌触りと、酢飯のほぐれる絶妙な握りの塩梅。追加でお願いしようとすると、ケースに並んだ有頭の甘エビには、たっぷりの卵が付いているじゃないか。
そこで大将にね「この甘エビを軍艦にして、卵を添えられますか」とお願いしたところ、快く握ってくれた。エビの卵は美味しくないと言われるけどね、難しく考えちゃいけないよ。美味しそうに見えた物を、美味しく食べればいいんです。そこから大将が、私のことを食べ慣れているのかと思ってくれたんだろうね。他に客もいない時間だったし、色々と会話が盛り上がりました。まあ、私は「通」どころか、良い寿司を食べ慣れてるわけでもないし、単純に卵ごと食べたかっただけなんだけどね。だからね、寿司屋なんて気負わずに、そのくらいの気持ちでいいんだよ。
寿司屋の「遊び方」

ただし、一見が長居をするのは、あまりよろしくない。特にカウンターしかないような店なら、なおさらね。お店の回転率もあるけれど、常連の席というのが決まっているんだ。店のルールじゃなくて、暗黙の了解というやつ。常連は自分が毎回座る位置を決めているから、それが店の引き戸をガラッとやるとね、少々居心地が悪くなる。
「金を払ってるんだから、どこに座ろうと自分の勝手じゃないか」
そんな気持ちも分かるけどね、そんなちょっとした駆け引きも寿司屋の「遊び方」なんだよ。現実的な話じゃなくても、寿司というのは味わうことに時間を使い、食べ終えたらすぐにお勘定するのが粋な食べ方なんです。
もし、長居したくなるほど気に入ったのなら、月に1回でもいいから顔を出して常連になればいいんだよ。常連になるというのは回数ではなく、付き合いの長さがものを言う。店としてもね、頻繁に来ていた客がピタリと来なくなるより、おおよそ決まった間隔で長く通ってくれる方がありがたいものなんだ。まあ、これは寿司屋に限らずですがね。
了
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