見出し画像

エッセイ「余りもの丼」

 私はテレビをあまり見ないのだけど、オールドメディアがどうこういう以前に興味がないんだ。テレビという媒体は、こちらが完全に受け身にならないといけないでしょう。

​ それでもね、家人が見ていると暇つぶし程度に見てしまうことはある。そんなときにね、グルメロケ番組というのか知らないけど、最近は海鮮丼を紹介するものが多い。漁港近くの人気店とかいうやつですよ。

​ それでね、タレントは判を押したように「安い」と言うものだから、その度にバカバカしいと思うんだよ。そういうものが二千円、三千円なんてざらじゃないか。そんなものは本当の海鮮丼じゃなくてね、白飯の上に形の揃った切り身を綺麗に並べただけの「刺身ご飯」なんだよ。

​ 食材だってね、わざわざそのために仕入れてね、柵から切り出すわけでしょう。海鮮丼というものはそんなことはしないんだ。

​ 水揚げされた魚のなかで形の小さなものや、綺麗に柵を切り出すときに余った端切れとかね、そんなものを使うんですよ。だから、日によって魚の種類も違えば、一切れの大きさも違う。だから、海鮮丼というものは安いものでなくてはいけないんだ。そのために高い魚を仕入れるなんてバカの骨頂なんだよ。

​ それでね、漁港周りの食堂で海鮮丼を頼むとね、マグロなんて水揚げされない港じゃ当然入ってないわけ。その代わりに「根付きのアジは脂の乗りが違うね」とか「もうイサキの季節が来たのかい」なんてことを思いながら、大きさの不揃いな刺身と白飯をかっこむんだ。海鮮丼は見映えなんかじゃなくてね、味で勝負なんですよ。海老だのウニだのまで揃った海鮮丼なんて胡散臭いよ。もちろんね、味だけじゃなくてね、歯ごたえや脂の乗りの違いなんかを一切れごとに楽しむ。このときばかりは醤油にたっぷりとわさびを溶かして回しかけるんだ。

​ そんな食堂なんかだとね、ときどきなんだけど、面白い魚も混じることがある。白身なのに脂がたっぷり乗ったスミヤキなどというものは、たたきや煮付けにしても美味しいし、深海魚のアブラボウズが二、三切れでも入っていようものなら当たりですよ。アブラボウズなんていう名前だけどね、正しくはオシツケという高級魚なんだよ。

    これなんかはね、醤油皿の醤油に触れさせただけで脂の膜ができてしまうほどにしっかりと脂を蓄えている。白身魚なのにだよ。だからね、昔からアブラボウズを刺身で食べるときは二、三切れにしろと言われていてね、それ以上食べるとあまりの脂の濃さに腹を下す。普通は煮付けが多いんだけど、歯ごたえはありつつも、トロッとしたあの切り身の虜になってしまえば三口以上食べたくなりますよ。

​ こんな感じでね、切れっ端の一期一会で腹を満たすのが本当の海鮮丼なんだよ。だからね、どこででもマグロをこれ見よがしに恭しく乗せてある海鮮丼なんてものは、信用してませんよ。三崎とかね、マグロが獲れる港は別なんだけど。

​ まあ、最近は船の燃料費が高いからね、例えば漁協が直営している食堂なんかでも、それなりに値上げはしているだろうけど、二千円も出せば大層なネタが乗るんじゃないかな。その代わり、トロだのウニだのは期待しちゃいけないよ。

​ 余り物の魚を美味しく食べる漁師めしなんだからね、本当の海鮮丼というものは。


いいなと思ったら応援しよう!

山下静希 自分の記事の価値を知りたいと思っています。 いただいたチップで一杯の美味しいコーヒーを飲ませていただきますので、応援よろしくお願いします。