✕晶文庫 空飛ぶ喫茶コーナー 第三話 植栽とすわげん
「キッタさーん!」
一階の喫茶コーナーに、ビル四階のスワ一級建築士事務所の諏訪元太( 通称すわげん)三十八歳の声が響いた。
「なに? どうした。」
橘田隼人(通称キッタ)四十一歳。山梨県甲府出身 ✕晶文庫の編集長兼マスターだ。
植木屋と二人で運び込んできたのは、人の背丈ほどもあるアレカヤシだった。
「ずいぶん大きな植栽だなー」キッタはすわげんに駆け寄った。
諏訪と植木屋は二階の閲覧室横に置く植木の鉢を運び入れた。
「このくらいじゃないと映えないんですよ。いいですね、ちょうどいい」
諏訪はよく葉が伸びたアレカヤシを眺めながら満足げだった。
植栽は建築士の仕事ではないが、店主の好みを参考にして諏訪が手配した。
諏訪はこの✕晶文庫ビルのリノベーションに関わった事業者だ。
何から何まで「かゆい所に手が届く」ような配慮を見せる諏訪の仕事ぶりを店主はすっかり気に入ってしまった。
ちょうど事務所を探していた諏訪に割安で事務所の入居を勧誘した。
「いいねえ、もう一つこっちにも置かない?キッタ、どう思う?」
店主は閲覧室を緑豊かな空間にしたいようだ。
「そうですね、僕はこのくらいで十分美しいと思いますが」
「置くなら、こちらのラックの脇の方がいいですね」
諏訪が助言した。
「そうかな・・・とりあえず、今日のところはこれでいいですね、植木屋さんも諏訪さんもお疲れさまでした。お茶にしましょう」
店主は労をねぎらってブレンドを振る舞うようにキッタに告げた。
「店主、この植栽はレンタルですから、メンテや水やりは定期的に植木屋さんが来ますから、よろしくお願いします。」
すわげんは契約伝票をキッタに渡した。
「レンタルは助かるわね。キッタ、大丈夫ですね」店主はチラリと伝票を見て言った。
吹き抜けの涼やかな螺旋階段を下りて、喫茶コーナーでコーヒーを囲んだ。
「諏訪さん、あなたがこのビルに入ってくれて本当に心強いわ」
「アンティークのこれもステキですよね。」店主はテーブルをさすった。
「こちらこそ、僕もありがたいです。いい物件に出会えて店主にはお礼の言葉もありません」諏訪は恐縮してコーヒーに手を伸ばした。
キッタもカウンターで、マグを片手に頷いた。
「すわげん、このカウンター上の照明なんだけどね、もう少しおしゃれにならないかな」キッタは上を指して言った。
「今はおしゃれな照明は、たくさんありますからね、探してみますね」
「ついででいいからね、」
「なんだか賑やかだな」山際先生がドアから覗いた。
山際昇。このビル五階「山際昇税理士事務所」の所長である。
「山際先生、いらっしゃいませ」店主が立ち上がり招き入れた。
「僕はカフェオレ砂糖なしで」テーブルのイスを引いて座る。
山際先生は思い出したように話し出した。
「店主、この前さ、神大(じんだい)時代のゼミの飲み会があってさ、店主の友達と会ったよ。同期の吉岡。吉岡文昭。店主のクラスメートだったんだよね、博多の。」
「山際先生、吉岡さんと同じゼミだったのですか?奇遇ですね」
店主の故郷、九州の福岡市で中学二年生のクラスメートの話だ。
吉岡文昭、愛称クマゴロウ。秀才で毛深い少年だった。
神戸大学を出て帰郷し、税理士事務所を運営していると風の便りで知っていた。
「山際先生、吉岡さん元気でしたか」
「ああ、彼ね息子が二人いてね、長男が阪大(はんだい)の政経を出てね、優秀だよね。上京して中央区の役人やっているってよ。そのうち、うちの事務所に来るかもしれないね」
「えっ?息子さん、中央区役所の職員なんですか。そうですか、世間って狭いですね、びっくりだわ」
✕晶文庫ビルは中央区役所の管轄だ。
「君の話も出たから、寄ってくれるんじゃないかな」
山際先生は相続関連の客が来ると言って、慌ただしくペーパーカップを持って出て言った。
「そいじゃ、僕もこれで」支払おうとする諏訪に
「今日はおごりだよ、すわげん、必要経費」キッタがにやりとした。
店主はそれどころではない心ここにあらずの様子で軽く頷いた。
「クマゴロウが山際先生の事務所に来る…」
店主の心にさざ波が寄せた。
ーつづくー
🐟✕晶名物 本日の脳内キャスト
ナレーター 津田健次郎
店主(✕晶) 鈴木京香
橘田隼人(キッタ) 吉沢 亮
諏訪元太(すわげん) 岡田将生
山際 昇 小日向文世
吉岡文昭 中井貴一
