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50過ぎたらロールが大切、永遠はいらない《1》【#創作大賞2026】

登場人物
マドカ 角川マドカ 50歳、日本人
マイク マイケル・スミス 30歳、アメリカ人

 最近流行りの少し上品なコーヒーチェーン店は、金曜日の夕方、シニア世代のグループで賑わっていた。東京都心から1時間程度の通勤県内の人気のエリアでは、リタイヤしたシニア世代が午後のサークル活動の後にコーヒーを飲みながら談笑している風景があった。子供が成長した主婦世代も、たまに仲間内で集まって子供の近況を話し合って、ときに笑い声が大きく聞こえていた。少し混雑した店内には、窓際の二人掛けの丸テーブルに、ロングヘアの女性が座っていた。その席からは沿道の緑が見えた。その女性は、バストトップまで伸びた髪に艶があり、毛先が少しパサついていたが、全体として、毛先までストレートに延び、少しカールしている感じが美しく感じた。柔らかな黒髪を背景に、広くて丸いおでこから、低くて滑らかな鼻筋が可愛らしく弧を描き、薄くて小さな唇がヌーディな口紅のためもありその印象を淡くしていた。黒縁眼鏡をしているけれど、目元は優しく大きく見開いていて、自然なまつ毛はその印象が薄く、あまり整っていない眉毛は雑多にその輪郭がメイクされていた。大きく目が見開いている割には、まぶたが思い印象があり、下を向いている様子は、まぶたの重さから、優しく大人しい印象を与えていた。
 その女性は、くたびれた黒い大きなトートバッグを持っていた。中身を垣間見るに、お財布、レシート、買物袋など、雑然としていた。まるで近所のスーパーに慌てて買い物に来ているようだった。その女性は、スタイルが抜群に良いという感じではなかったが、手足が長く、どちらかというと細身であった。その日は、黒の幅広のポリエステルのズボンと、黒のまる首の長ティーを着ていた。黒ずくめの様相は、引き締まった印象を与え、女性の顔も幾分引き締まって見えていた。その女性は、店員に待ち合わせで後で一人来ますと伝えていた。女性は、外が寒かったからか、ホットコーヒーを注文して、バッグから一枚のプリントを取り出し、熱心に読みだしていた。
 コーヒー店のドアが開く音がした。店員がその先を見ると、あの人は日本語が喋れるのか、私は英語が話せないからどうしようか、と少し不安になる客人が入ってきた。その客人は、店内をキョロキョロ見渡して、知合いを見つけたようで、その席に向かって行った。そう窓際の丸テーブルに座っているロングヘアの女性の席に近づいて、その客人は「お待たせ」と言って腰かけた。そんなに待ってないよとマドカは言ったけれど、だってそのプリント、先に来て勉強してたみたいとマイクは言った。そんなことないけどという風にマドカは微笑んだ。マイクも薄いブラウンのカールヘアから覗くブルーの瞳で微笑み返した。
 
 マドカは、いつの間にか、知らないうちに、ワーカーホリックに陥っていた。以前は、同僚の女性たちと肩を並べて、ときには昼食で歓談して、必死に業務をこなしながら、しばしば気を抜いて、家族のために自分の時間を確保していた。会社の経営側から見ると、仕事一筋ではないことは明らかだった。マドカ自身も、自分よりも、周りの同僚の方が、生活に対して仕事に割く割合が高いのだと確信していた。男性は、一生懸命さがなくても、女性と同じようなモチベーションで働いていても、仕事に割く時間と労力が女性よりも高くなるから、出世に近いのだろうと思っていた。女性もしかりで、生活スタイルで、フルタイムで、自分の仕事に責任を持って、何があっても他人に頼らずに一人で業務を完遂できる同僚は、出世に近いのは当然だと思っていた。
 マドカは、数年前に、昇進を打診された。10名のチームのリーダーの管理職である。マドカは、直属の女性の上司に打診されたとき、少し考えさせてくれと言ったけれど、すぐに、打診されたということは期待値があるということだし、他に適任者がいなくて上司も困っている様子だったから、私が引き受けようと、その打診に応じた。軽い気持ちでチームリーダーになったものの、その後の業務は、想定外のものであり、業務時間もかなり要したし、チームのメンバからの反発もあったりして、難航を極めた。マドカは、根底にある責任感と、周りに迷惑をかけたくない、特に上司に手間をかけたくない、上司の時間を無駄にしたくないという思いで、自分で対応できることは自分で完遂していた。そのため、マドカには時間があってもあっても足りない状態がここ数年続いていた。家族も顧みることができず、家事などは夫の叱咤を受けながら、夫まかせや、お金で解決できることはそうしていた。マドカには息子が2人いて、どちらも大学受験に向けて勉強に励んでいた。特に上の息子は大学受験が迫っていたから、そのサポートが必要だったのだろうけど、マドカも忙しいし、息子は反抗期もありマドカに何も期待してこないしで、マドカは上の息子には何もしてあげられていなかった。子離れにはよい機会だったけれど、もっと関与するべきなのかと反省もしていた。
 マドカが管理職になり数年がたち、業務も落ち着きだした頃、マドカは上司から叱責された。マドカは業務を単独で進めて、上司に報告しないことが多かったが、その一つについて、上司が知ることになり、勝手に進めてよくない結果に陥ったことについて、叱責された。マドカは、理不尽に怒られたと感じたから、上司に対して信頼感が喪失して、それまで過剰労働して上司をサポートしてきた自分をみじめに感じていた。マドカは、仕事からある程度距離を置きたいと考えて、業務量を少し低減した。けれど、それまでずっと仕事づくめだったし、マドカの性格難もあって、空いた時間を一緒に過ごせる友達、知人もいなかった。そんな中で、マドカは、ウェブサイトのご近所掲示板で、英語の言語交換を希望するメッセージに目を止め、もしよかったらという感じでメッセージを送ってみた。それがマイクとの始まりになった。

 マドカとマイクは、互いに日本語と英語を会話しながら学んでいくことになって、月2~3回、同じコーヒー店で待ち合わせして会話を楽しんでいた。マドカが英語を特に勉強したいときは、数千円をマイクに渡して、英語だけを勉強することもあった。コーヒー代は、遠方から来てくれるマイクのために、マドカが支払っていた。

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