ポレポレ英文読解プロセス50をアップデートする試み(仮題)(その5)
今回は、一回休憩して、人間のライフサイクルではなく、言葉のライフサイクルを眺めてみるとしましょう。
言葉も生まれては消えていく。
例題9
Origins of the Vocabulary
How many words are there in English? This is a question that no one can answer. A desk dictionary of the kind most college students use may have somewhere around 100000 words listed in it. One of the large, so-called unabridged dictionaries may list over 500,000 words. But "unabridged" is a misleading word. All the term means is that the dictionary has not been shortended from some other dictionary. A very short dictionary of only a few thousand words would be "unabrdiged" if it were an original work, so it would be a mistake to think that an " unabridged " dictionary lists all the words of English. In fact it is not possible for anyone to count or to list all the words of any language - not merely because of their great number, but because those who use the language are constantly making new ones. It might be said that every dictionary is the dictionary of a dead language. No matter how fast and how thorough a dictionary-marker may be, by the time he has gathered his words, written descriptions of them, and published his book, old words will have changed and new ones will have come into being. The language refuses to stay the same from year to year, or even from moment to moment; it is constantly in the process of becoming something different. Words have a life cycle.They come into existence; they change in sound and meaning; and they disappear. Now we will look at this life cycle of the vocabulary, beginning with some of the ways words come into existence.
From time to time men feel the need for a new word, either because they have something new to talk about or because they have grown dissatisfied with the words they already have. When the word-lust comes upon men, for whatever reason, they may satisfy it by making a new word or by borrowing one . Borrowing is a historically important source of new words for English speakers. From prehistoric times when our linguistic ancestors borrowed words like street from the ...
今回は、かなり大きく切り取りましたが、別に全部を読むためにここに挙げたわけではありませんのでご安心を。どこから切り取った英文なのかを見てもらいたいだけなのです。一見して、パラグラフの半分より下の位置から切り取られていることが分かります。これは、友人たちが何かの話で盛り上がっているところへ、あなたが遅れて顔を出したような状況とよく似ています。いったい何の話か全く見当がつかないでしょう。
ふつう本にはタイトルがあって、誰が書いたのか、何が書いてあるのかが明記されています。そして本の中身も、各章に分かれていて、それぞれ見出しがついているはずです。ここでは「語彙の起源」となっています。
また、いきなり難解な話から始める人もあまりいないでしょう。この文章では、「英語にはいくつの単語があるのでしょう?」というごくやさしい疑問文で始まっています。第一回目の文章を思い出してください。やっぱり、Why does a baby begin to make sounds in the first place?(そもそも、赤ちゃんはどうして音声を発し始めるのか?)という疑問文から始まっていました。これは本当に質問しているわけではありません。あくまで読者を誘導するための疑問文です。だから、文章の頭から読むと意味がスッと入ってくるのです。
筆者は続いて、その疑問の答えは答えられない。といいます。その後の記述は、読んでも読まなくてもいい内容です。で、その理由が、この例題9の直前に書かれています。単に単語の数が多いからというのではなく、次から次へと新しい単語が生まれているからだ、と。
それはそうでしょう。いくら単語の数が多くても、その数が決まっていれば、いつかは数えきることができます。しかし、数えているそばから言葉が増えていけば、これはもう際限がありません(これは、ドラえもんの「バイバイン」みたいな状況で、いくら饅頭を食べても食べても、饅頭は倍々で増えていくのです)。
で、ここからが本題です。It might be said…で始まるこの文は、どれほどの情報価値を持っているでしょうか。もうすでに、理由は書かれているのです。しかも、文頭に「…といってもいいのかもしれない」とあります。つまり、この部分もやはり読んでも読まなくてもいい個所なのです。
ポレポレに限らず、英文解釈の本にはこの手のパターンが実に多いのです。長文読解なら軽く読み流すような文を、一生懸命に分析し、全部を正確に読もうとする。その真摯な姿勢は買いますが、実際には、大した情報価値はない部分に大きな努力をつぎ込むわけですから、全く、コスパ、タイパに合わないのです。
辞書が本当に「死語の本」だったら、そもそもこんな文章を書く必要はないでしょう。これは物の良いようです。ある意味そうも言える、というだけのことです。
その後の文章は、もっと読まなくてもいい部分です。要するに、いくら辞書を作る人が頑張っても、辞書を作るにはそれなりの時間が掛かるために、辞書が出ることには新しい言葉が生まれているだろうから、というわけ。
試しに、この例題9を飛ばして読んでみましょう。次の文には、言葉は同じ状態でいることを拒みます。刻一刻と変化していくのです(The language refuses to stay the same from year to year, or even from moment to moment)とあります、とあります。どうです、前の部分は一切読まなくても問題ないではありませんか?
誤解のないように言っておくと、ポレポレに無駄なことが書いてあるという意味では決してありません。ポレポレは文法・構文の本なのですから、それはそれで重要なこと、たとえ嫌でもやらなければならないことなのです。しかし、この部分が文章全体に占める地位は、どうでもいい部分であることもまた事実なのです。
前にも書きましたが、いわゆる解釈本の限界はここにあります。長文を読むときは、全部に意識を集中していたら、そうそう読めるものではありません。力を入れるところと、力を抜くべきところを、ちゃんと分けなければいけません。野球の先発ピッチャーがまるでクローザーのように、一球目から全力投球していたらどうなるでしょう。おそらく3イニングも持たずに打ち込まれるのは目に見えています。7割か8割の力で投げるから、長いイニングを投げられるのであって、全球フルスロットルで投げるわけにはいかないのです。
あるいは、マラソンランナーが100メートル走のように初めから飛ばしたらどうなるでしょう?もちろんこれもすぐにリタイアしてしまうはずです。だからこそ走るペースが乱れないよう、ペースメーカーが並走しているのです。
大事なところは集中して読む。しかし、それ以外の部分は「ふんふん」言いながら、軽く読み流すのです。一応目を通すだけにすぎません。長文を読む上では、このことは細かい文法・構文よりもずっと大事なことなのです。
言葉も人間同様に、生まれては消えていくものです。今の時代では特にそうでしょう。「忖度する」とか言う語が一時期はやりましたが、それも結局は廃れていくのでしょう。そう考えるとなんだか空しくもなりますが、言葉にも生命がある以上、仕方のないことなのでしょう。(付記:今回は読み飛ばす箇所ですので、音声もつけていません)。
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