【小説】『ココロ走る』第三章:風を継ぐ者たち 編 第34話 KRT修学旅行——幸せのパンケーキ
走ることでつながった仲間たち。年齢も立場もバラバラだけど、同じゴールを目指して笑い合える時間がある。そんな私たちが挑んだのは、玉ねぎで有名な淡路島のリレーマラソン。
本番を目前に控えた一週間前、下見と称した“ちょっとした旅”が始まった——。
それは、まるで修学旅行のような時間だった。
———
4月最後の練習日、なかなかチームの練習日が合わなかった。それぞれ、趣味や習い事、デートや阪神観戦などあるので、仕方のないことだ。
最近よく集まるのは、松田と桐谷と水嶋だ。水曜日は予定入れず、絶対参加してくれる。4人だけのときもまあまああったので、決まって行きつけの弁当屋さん(夕方は炭火焼き鳥を売る)の「鶏群の一鶴」へ行く。そこで絶品のカレーを皆に振る舞う。お持ち帰りで、それぞれの家で食べることになる。美味しい物を美味しいと言って欲しいという、人間の心理が働く。LINEでそれぞれ、お礼の「今日はありがとうございました。カレーおいしかったです。」から始まる食レポが来るのが定番だ。
決して自分が作ったカレーではないが、水嶋や桐谷が「おいしかったです」と、食レポしてくれることがやけに嬉しい。特に桐谷は食レポが上手い。私は店主にいつもそれぞれの食レポの内容を報告している。すると、店主は愛嬌のある笑顔ではにかみ笑いを浮かべてくれる。その笑顔が見たくて、また、カレーを買いに行く。
そんな日々を過ごしながら、私たちは4月は1キロを速く走る練習をし始めた。聡太と走ると必ず、ドリルをやらされる。陸上部がよくやるやつだ。腿上げから始まり、ランジと我々は呼ぶのだが腕膝を90度に出して、いちいち止めながら前に足を出す。これが一番きつい。それからダッシュ。大体次の日は筋肉痛になるメニューだ。でも、そのおかげで足がスムーズに前へ出るようになった気がする。私はようやく4分30秒を切れるようになった。
アラフィフでPB更新。ランニングの世界ではあるあるなのだろうか。
———本番は6月4日。
いよいよ5月27日、大会一週間前の日曜日、皆で淡路島タマネギリレーマラソンの会場であるサンライズ淡路に下見ランをしに行った。流石に全員集合で行きたかったが、明美とマネージャーの竹村は用事があるということで、リモート参加(結局リモートはなかったが)となった。気づけば野郎ばかりの淡路島旅行のような形になってしまった。しかし、これはこれで楽しかった。
サンライズ淡路で、下見コースを走る。目的はそのはずだった。しかし、下見ランもほどほどに、会場はすぐ、後にした。
———淡路島の名所を巡る。
まず、淡路島で有名なパンケーキ屋さんだ。
名物の「幸せのパンケーキ」を食べるのが目的ではない。映えスポットで映え写真を撮るためだ。
「いきますよーー」
「はい、チーズ!」
何枚撮ったのかわからないくらい撮った。
野郎ばかりで。明美は目的が分かってるせいか、今回はキャンセルしたのだと思う。
このむさ苦しいメンバーでは浮いてしまう。
正解だ。男子校特有の低い声のノリ。
特に、水嶋、桐谷が大はしゃぎだ。桐谷は普段物静かなのだが、こういう場ではスイッチが入る。
計画は松田がしている。
「よーし、次はAWAJIのオブジェいきますね!」
と松田が言うと、私が運転して連れて行った。
貸し切りタクシーのようだ。
しかし、皆の喜ぶ顔を見るのは満更でもない。
陽介が車内で皆を盛り上げる。車はトヨタのコンパクトミニバン「シエンタ」ひとつ前の型で、6人乗るとけっこうぎゅうぎゅう。全員小さくないので、圧迫感が割とある。助手席の陽介がナビゲーターだ。その圧迫感もあってか、会話が弾み、途切れず笑いの渦が起こる。
久しぶりの感覚…。
———あっ、修学旅行だ。
全く、そんな気分だった。違うのは同じ目的を持った6人が、世代を超えてはしゃぐ。アラフィフの私、30代の陽介、20代の聡太、松田、水嶋、桐谷。不思議な修学旅行だ。
おそらく、普通なら上司と部下、ここまで楽しくはしゃぐわけはない。『走る』ことを通じて繋がる、心と心。皆の共通項があるから実現できたのだと思う。
ふと桐谷が
「いよいよ、来週ですね」
「玉ねぎマラソン終わったら、どうしますか?」
陽介が冗談めかして
「終わったら、次こそリベンジハーフマラソン!」と言うと、
水嶋が「マジっすか?また、伊藤さんはリタイヤしますよ」と、笑いが起こる。
私は笑いながらも、次どうしようかと考えていた。
今は、来週のことだけ考えよう。そう思った。この時、この瞬間がいつまでも続けばいい。
この仲間たちといつまでも……。
……でも、分かってる。
永遠なんて、どこにもない。
