見出し画像

似合っている。でも今の私じゃない


鏡の前で、ふと手が止まった。


似合っている。
でも、今の私ではない気がした。


その感覚が、ずっと頭から離れなかった。


とにかく、おしゃれをすることが好き。
昔は本気で、デザイナーを目指そうと思っていたくらい。


私の仕事は、メイクやヘアだけを整えればいいわけじゃない。
モードを理解し、その人全体から出る雰囲気を感じ取ること。


以前、担当していた女優に言われたこと。


「ファッションが決まれば、自然とヘアメイクは決まってるわよね。その逆もそう。だからすごく意識してね」


その言葉は、今でも私の中に残っている。


当時の私は、それをテクニックの話だと思っていた。
外側を固めれば、内面も整うと。


けれど今は違う。
装いは、外側の話ではなく、
その人の在り方の延長にある。


あの言葉は、「自分をどう定義するか」という問いだったのだと、
ようやく腑に落ちている。
そして今、
その言葉が自分自身に向かって返ってくる感覚がある。


若い頃は、服で何かを足そうとしていた。


レイヤードの着こなしが好きだった。
強さや、華やかさや、自信のようなものを、
足せば足すほど、安心できる気がしていた。


存在感を外側から補強していたのだと、今はわかる。


ある時、若いアシスタントが何気なく選んだコーディネートを見て、
「あの自由さは今の私には出せないな」と思った。

悔しいというより、
静かに「そういうものか」と納得もした。

それを寂しいと思わないわけではない。
でも、それを埋めようとしなくなった自分にも気づいている。


先日、気に入っているヨウジの黒ジャケットを羽織った。
肩にわずかな緊張感を帯びた、静かな一着。


袖を通した瞬間、
以前なら心地よかったはずの強さが、
ほんの少しだけ浮いて見えた。


似合っている。
でも、やはり今の私じゃない。


黒が好きなのは、変わらない。

ほんの少しの分量や質感で、
強さにも、疲れにも見えてしまう色。

その難しさに、惹かれてきた。


でも今は、
黒なら何でもいいわけじゃない。


素材や分量、
肌とのバランス。
少しの違いが、
無理をしているかどうかを映し出すから。


黒同士でも、
質感が違えば奥行きが生まれる。
揺らぎが出る。


語らないのに、
雄弁な黒が好き。


それは、自分への嘘が利かなくなった、
ということかもしれない。


年齢を重ねたから守りたいのではなく、
年齢を重ねたからこそ、
精度を上げて選びたいと思うようになった。


けれど正直に言えば、
少しだけ怖さもある。


若さという分かりやすい武器が、
少しずつ手の中から離れていく感覚があるから。


それでも、まだ少しだけ未練はある。


もう何年も袖を通していない、
細身のレザーブルゾン。
「尖っていたい」という自意識を象徴するようなその一着を、
どうしても捨てられずにクローゼットの端にかけている。


でも、もう若さにしがみつかなくていいと、
どこかで分かっている。
そのブルゾンを手放すことは、
戦い方を忘れてしまう気がして、手が止まる。

それでも、まだ捨てていない。

若い頃は、未来に向かって服を着ていた。
「こうなりたい自分」に近づくために。


でも今は、
今ここにいる自分をごまかさないために着ている。


装いは、その人の現在地を隠せない。


布の重なりや色の選び方の中に、
その人がどんな時間を生きてきたのかが静かににじむ。


完成された大人なんて、きっといない。


迷いながら、揺れながら、
それでも少しずつ、自分の精度を上げていく。


私はまだ、その途中にいる。


これからも変わっていくだろうし、
また違う違和感に出会うかもしれない。


それでも、焦りは少し減ったのかも。


若さを足さなくても、私はここにいる。


今日選んだ服が、
今の私に自然に馴染む感覚。


居心地がいい、と思えること。


それが今の私の基準になった。


あなたは今、
どんな自分を、選んでいますか。




いいなと思ったら応援しよう!