誰が決めたのかが、消えていく
AIは仕事を自動化しているのか?
なんか最近、
OpenClawとかエージェントとか、自動化の話が一気に増えましたよね。
ブラウザ操作してくれるとか、
勝手に入力してくれるとか、
業務フローを丸ごと回してくれるとか。
見ていると、「いよいよ来たな」という感じはある。
でも、使っていると、少し違和感が出てくるんです。
うまくいっている“ように見える”瞬間
例えば、受発注を自動化したケース。
メールを読んで、内容を理解して、在庫を見て、発注する。
人がやっていた作業が、そのまま流れていく。
最初は気持ちいいくらいに回る。
速いし、ミスも減る。
「これ、人いらないかもな」と思うくらい。
でも、しばらくすると、妙な瞬間が出てくる。
ちょっとした“曖昧さ”に触れたとき
納期が「できるだけ早く」としか書かれていない注文。
在庫はぎりぎり。
AIは普通に判断する。
「最短で出す」と。
間違ってはいない。
でも、なんか違う。
その在庫、本当は別の顧客に回すべきだったかもしれない。
あるいは、一度確認したほうがよかったかもしれない。
ここで初めて、変な感じになる。
誰が決めたんだっけ?
この判断、
ルールを書いた人?
システムを作った人?
それともAI?
はっきりしない。
しかも、誰も止めていない。
人がやっていたときは、
少し迷ったり、
過去の関係を思い出したり、
「一旦保留」にしたりしていた。
あの時間が、消えている。
気づくと、全部が“進む”ようになっている
AIは止まらない。
空白があれば埋めるし、
判断が必要なら、何かしら決める。
そのほうが「いい動き」に見えるから。
でも、そこで削られているのは、
精度じゃない。
判断の“引き受け”
誰が決めるのか。
どこで止めるのか。
何を、まだ決めないままにしておくのか。
このあたりが、
きれいに消えていく。
ちょっとだけ視点を変えると
AIは仕事を奪っている、というより
👉 判断を曖昧にしている
自動化されているのは作業だけど、
変わっているのは構造のほう。
おわりに
自動化はたしかに進む。
でも、それを見ているときに
「何が残って、何が消えているのか」は
一度立ち止まって見たほうがいい。
たぶん、消えているのは作業じゃない。
👉 “誰が決めたのか”という感触
