【企画短編#noteでBL】かくあれかしと桃は咲く
毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
なみさん、いつもありがとうございます!!
今回から企画の趣向が少し変わり、ジャンルとあらすじ、後日あとがきを追加できるようになりました。
詳細は以下の記事で。チェケラ!
というわけで、拙作もそのような構成になっております。
構成は今後変更するかも。
あとがきは明日、投稿する、かも。
それではよろしくお願いいたします。
ジャンル
歴史風ブロマンス(乱世×芸術)
※架空の時代設定です。表現、風俗、制度等は史実とは異なります。
あらすじ
乱世に名を轟かす、「鬼」と呼ばれる武将に捕らえられた旅の絵師・春乃。
命と引き換えに出された条件は、春が終わるまでに鬼の心を満たす絵を描くこと。
鬼の心を満たす絵とはどんなものか。
「得るためではなく、灼くための戦」と評される鬼に、そもそも満たすべき心はあるのか。
絵はすべてを生み出せる。
描くことは願うこと。
そう信じながらも捉えられない鬼の心に、春乃が最後に描いた「絵」は。
本編
【テーマ】3つのお題でBL(3,000~5,000字)
【お題】 桃色片想い・旅・今、そこにある危機
【タイトル】かくあれかしと桃は咲く(字下げ含み約4,800字)
城はその日のうちに落ちた。
時は乱世、明日の我が身は神のみぞ知ると言いながら、本当は何もわかっていなかったのだ。
兵士と馬が駆ける地鳴りも、慟哭の渦も、町を灼く炎の色も。
明日の我が身は、神のみぞ知る。
否、この身の行く末を握るのは神ではない。
町を、城を、すべてを灼いて、灰と屍を踏みしだいて往く、乱世の鬼と呼ばれる武将。
「男とはいえかなりの見目だ。旅の一座と言っていたか」
「⋯⋯っ、」
髪を強く引かれ、顔を上げさせられる。痛みに涙が滲み、思わず喉が鳴った。
「一座のものはこれだけか」
「はっ、他にめぼしいものはなく」
散り散りになった仲間の所在はわからない。どういう基準で選ばれたのか、落ちた城下から領地へと引き立てられたのは春乃だけだった。
「まぁ良い、この見目ならば愉しめそうだ。一座では何を演っていた」
打ち捨てるように春乃の髪を離して、男は正面にどかりと座った。重く武具が触れ合う音に、血と灰の匂いが混じる。
正面に見た、その眼。
見据えられただけで、胸が早鐘のように鳴り出した。
乱世の鬼。
得るためではなく、灼くための戦と聞いていた。一座が行く先々で、鬼の軍勢の噂は絶えず耳に入ってきた。あまりに強く、あまりに苛烈な、神をも恐れぬ鬼畜の所業。城主を継いで十年を待たず、領地は既に都に迫る。
乱世の鬼が、いずれこの世を灼き尽くす。
行く先々で、誰もが密やかに噂した。噂ではなかったのだと、今ならわかる。
自分を見据える、冷たく燃える、心臓を刺す眼。命を握る、握り潰すことのできる眼だ。
明日の我が身は、鬼の心ただひとつ。縄が食い込む細い背中に、冷たい汗が流れ落ちる。
「口が利けぬか」
「⋯⋯っ、絵を⋯⋯」
春乃の言葉に、男は端正な眉をひそめた。
「絵だと?」
一座と聞けば歌舞が華。その見目でと、座長は幾度も苦笑っていた。おまえの描く絵は最高だ。だがその見目で歌いも舞いもしないとは、とんだ宝の持ち腐れ。今からでもいい、筆を置いて姐さんたちに付いてみろ⋯⋯
「私は、絵師です」
怯える喉を励まして、春乃は鬼の眼を見て言う。誰が何と言おうとも、それが鬼にどう聞こえようとも、この身の在り処は決まっている。
描くことがすべて。
そんな春乃に、男は薄い唇を引き上げた。
「描かれるほうの形をして、描くが己と言い切るか。歌や語りなら閨でも愉しめようものを、絵など陽の下のみの遊戯。興を醒まさぬほどに、閨の業を心得るか」
「恐れながら、私には絵しかございません。ね⋯⋯閨など、とても」
姐たちがどう稼ぐかは知っていた。けれど春乃は男の身、年若い頃から可愛がってくれた姐たちも座長も、嫌がる春乃に強いはせず、せいぜい絵を売るために愛嬌を振りまく程度しか求められたことはない。
男は明らかに興を削がれて、控える将に言い捨てた。
「見目好いだけの人形はいらぬ。捨てよ」
「お待ちください!」
考えるより先に叫んでいた。戦禍を知らぬ春乃でも、城主に捨てられた先はわかる。
「どうか⋯⋯どうか、私の絵をお購めください」
春乃の言葉に、鬼の冷たい眼が光った。
「腹も膨れぬものなどいらぬ」
「絵で腹は満ちませぬ。けれど絵は、心を満たすことが出来ます」
「⋯⋯なんだと、」
「絵はすべてを生み出すことが出来ます。お館さまが求めるものを、必ずや生み出して見せまする」
春乃にとって、それは描くことそのものだった。
武具も閨もなく、筆一本で生きてこられたのは、春乃の描くものが人の心を捉えたからだ。
花を、子らを、美女を、神獣を。望むままに、生ける如くに。
男の薄い唇が、ゆっくりと笑んだ。
「面白い。ならば春が終わるまでに、絵で俺の心を満たしてみよ。できなくば、その腕落として放り出す」
捨てられればどの道この先命はない。野盗か獣か、目の前の男か。
喰われるのならば、同じこと。
春が終わるまでに。
こうして春乃は、鬼のもとで筆を取った。
鬼の心を満たすもの。
自分で言い出したことながら、春乃は連日頭を抱えた。短い冬の日はまたたく間に落ちて、日々は無為に過ぎていく。
最初に描いた虎の絵は、一瞥のもと破り捨てられた。
「春を待たずに意思を変えれば、閨で飼ってやっても良いぞ」
そう言って嗤う鬼を睨み返しながら思う。
人の心なきがゆえに鬼ならば、そもそも満たすべき心はあるのか。
眉間に力を込め、詮無い思考を追い払う。
描くしかない。
描くことでしか満たせないのだ。
満たすには知らねばならず、
知るにはやはり、描くしかなかった。
「くだらぬ。虎の次は龍だと?」
「神獣はあらゆる願いを叶えると聞きます」
「いらぬ。俺の願いはこの手で叶える」
「お館さまの願いは?」
「⋯⋯この世だ」
この世。
果てもなき乱世、国を埋める飢えと荒み、怨嗟と悲哀。
昨日寝食をともにした仲間は、今日在り処すらわからない。生きているのか、死んだのか。明日、鬼の心が変われば、この身は。
地獄と何が変わるか知れぬ、灰色のこの世。
何を望み、鬼はそれを得ようとするのか。
世の人が言うように、ただ灼くためか。
灼くことが鬼の悦びなのか。
鬼の心を満たすもの。
「⋯⋯なんだこれは」
「地獄にございます」
「俺にはこれが似合いだと?」
「得るためではなく、灼くための戦とお聞きすれば」
「ならば絵などいらぬ。己が生み出すもので充分だ」
風が緩む。
梅が終わり、桃が綻び始めている。
春が終わるまでに。
この手が、筆を持てるのは、あと⋯⋯
「桃か」
声を聞くまで気づかなかった。描き散らした紙を踏んで、鬼が春乃を見下ろしている。
言われて描いたものを見る。花びらこぼれる枝、たわわに実った丸い果実。遠い故郷の、桃の林。
思えばこれが始まりだった。幼い春乃の目を奪った、風に揺れる桃色の枝。小さな手をどれほど伸ばしても届かぬ枝は、どこまでも広がる天上の光景のようだった。
この世の果てにあるという、飢えることのない桃源郷。
それはこうして、空に桃色舞いそよぐ場所なのだろうか。
この美しさを閉じ込めたい。
この美しさを生み出したい。
そう叫ぶ心に急き立てられて、幼い春乃は筆を取った。
そんな、始まりの光景。
「桃が好きか」
足元の一枚を手に、鬼が嗤う。
心の糸が切れたように、春乃は応えられなかった。
「この領内にも、かつて桃の樹があった」
既に遠い故郷の林。
今もなお、空は桃色に霞むだろうか。
始まりの光景を描く思考は、鬼のひと言で破られた。
「すべて灼いた」
「なぜ⋯⋯」
自分の掠れる声が遠い。
目の前の、鬼の笑みだけが鮮やかだった。
「あれば求めるものが出る。得られるものと得られぬもの、いずれ必ず争い始める。多くが求め、けれど行き渡らぬものなど、初めから無いほうが良い」
鬼の声は低く嗤っている。
鬼の眼は静かに光っている。
眼裏の始まりの光景が、炎に包まれ灰になる。
「そんな⋯⋯そんなことを言えば、この世のすべては同じこと。この世はすべて、無きが良しということに」
「ああそうだ。この世はなべて無きが良し。飢えと荒みで争う世なら、いっそ滅するほうが清しい」
筆を持つ手が震えているのを、頭のどこかで感じていた。
春が終わるまでに、心を。
されど満たすべき心が、もしも初めからないのならば。
「お館さまは、この世を得て⋯⋯何を望まれているのですか」
「望むこと?」
灼くための戦と世の人は言う。
鬼自らは、戦でなくとも灼くと言う。
ならばこの世に望むことは。
「すべてを壊し、灼き払う」
それが鬼の望みならば。
満たすべき心など、
初めから。
春が終わろうとしている。
「次の出陣までに描け」
嗤う声を、風がさらう。
出陣はひと月後。
この腕があるのは、あとひと月。
鬼の心は満たせぬだろう。
城郭から空の果てを眺めながら、春乃は思う。何を描けばいいのか、かすかにも浮かぶものはない。
ただ風に舞う花びらのように、心が千切れて春乃の身体から飛び去っていく。
腕を失くし、描けぬ身となった後、自分はそれでも生きるだろうか。
野盗か獣か、人の欲か。
何に喰われ、どう果てるなかで、最期に何を想うのか。
それは、と千切れた心で思う。
空の果て、瞼の裏で花が咲く。
それはやはり、あの始まりの桃の花ではなかろうか。
閉じ込めたい。
生み出したい。
この目に映る天上の美を、この手で紙に写し取りたい。
かくあれかしと願うように。
この世がこうして桃の花舞う、桃源郷であるように。
描くことは願いだ。
得たいものを。叶えたいものを。
それが例えこの世になくとも、絵ならすべてを生み出せる。
花も、神獣も、桃源郷も。
だからこそ、絵は⋯⋯、
ーー得るためではなく、灼くための戦とお聞きすれば
ーーならば絵などいらぬ。己が生み出すもので充分だ
風にひとひら、花びらが舞う。
ーー行き渡らぬものなど、初めから無いほうが良い
ーー飢えと荒みで争う世なら、いっそ滅するほうが清しい
なべてこの世は、無きが良し。
春の終わりの風のなかで、鬼の声と花びらが舞う。
瞼の裏で、花が咲く。
「約束の時だ」
訪れた鬼に、春乃は手を突いて頭を下げた。
揃えた指先。
明日には無いかもしれぬ指先。
「見せよ。おまえの、最後の絵を」
襖を開く。
与えられた部屋を占める布。
出陣を待つ、最後の絵。
「⋯⋯旗⋯⋯、」
描かれたものは虎でも龍でも鬼神でもない。
空を霞ませ、地を烟らせる、
白く、紅く、山と野を埋め尽くす、
どこまでも広がる、それは。
「桃源郷⋯⋯」
桃の樹繁る、飢えるもののない夢の国だ。
「なぜ、これを」
「お館さまの目指す、国の姿なれば」
「なんだと」
「桃源郷を、お望みなれば」
争うならば。
行き渡らぬものならば。
なべてこの世は、無きが良し。
だがそれは、真の願いの裏言葉。
「行き渡るなら。飢えるものがないのなら。力の有無が、財の有無が、人が人を分けぬのならば。⋯⋯人が人を、分けずに済むなら」
彼は、桃を灼かなかったのではないか。
「すべてを壊し、灼き尽くし、創り直そうとされているのでは」
実った桃が、求めるものに行き渡る世を。
灼かずとも争いを生まぬ、飢えぬ世を。
「桃源郷を、お望みなのでは」
それは単に、春乃の願いかもしれぬ。
かくあれかしと、ないかもしれぬ鬼の心を、描き出そうとしているだけやも。
それでもいい。
描くことは、願うことなのだ。
「絵は腹を満たさず、絵師に戦は出来ませぬ。けれど絵は心を満たし、絵師は望みを見せることが出来まする」
春乃を映す鬼の眼に色はない。
心の在り処はわからない。
「お館さまが心に描く、かくあれかしと願うものを、世の人に見せることは出来まする」
すべてを壊し、
灼き尽くし、
飢えと荒み、怨嗟と悲哀を灰にして。
「桃源郷を、花咲き誇る泰平を、この世にお創りくださいませ」
そのためにひとり、鬼は地獄の道を往く。
見据える先で、薄い唇が、あの日と同じくゆっくりと笑んだ。
「⋯⋯良い餞だ」
鬨の声が上がる。
城郭から、たなびく桃色の旗が見える。
鬼の軍勢が掲げるにはそぐわない、故に畏怖の対象となろう、あまりに清く麗しい旗。
麗しい旗を春の風になびかせて、人の世を灼く鬼が往く。
それを眺めながら、春乃は空の果てを想う。
空の果てで花が咲く。
眼裏に広がる、桃の花咲き乱れる泰平。そこを目指して進む鬼。
屍を踏み、鬼が灰に種を蒔く。
芽吹き、樹となり、花綻ばせ、甘露滴る実となるように。
血に濡れた手が、屍を糧に咲く世を創る。
その眼に映るは世の行く末のみ。
背を送る我など、心の欠片も占めはしない。
それでもいい。
この目が、この手が、その眼が見据える骸の果てを、写し取ることができるなら。
この心にも、桃の花が咲くのなら。
