【企画短編#noteでBL】断章
毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
なみさん、いつもありがとうございます!!
あとがき記事は後日投稿予定です。
よろしければそちらも併せてご覧いただけますと嬉しいです!
それでは、今回もよろしくお願いいたします。
ジャンル
純文学(風)
あらすじ
貴司の家に、ある日大きな荷物が届く。伝票には『ふと、振り返るとそこには』という言葉が。どうやら荷物は絵画で、そのタイトルのようだ。
送り主は貴司の父親の従弟である馨。彼を兄のように慕いつつ、その想いが単なる年長者への思慕とはいえないことを徐々に自覚する貴司。
けれど貴司の想いとは裏腹に、馨にとって貴司は可愛い年少者に過ぎない。近づきたいという願いを躱されながら、送られてきた絵画をきっかけに、貴司は馨と父の過去にふれていく。
絡み合う想いの中心にある絵画を前に、少年はひとつ、大人になる。
本編
【テーマ】固定の書き出し&縛り設定でBL(3,000~5,000字)
【ルール】書き出し「ふと、振り返るとそこには」、
縛り「過去回帰・回想禁止」
【タイトル】断章(字下げ含み約4,700字)
『ふと、振り返るとそこには』。
伝票の品名に書かれた言葉は、どうやらタイトルのようだ。すぐ下に(絵画)とあるのを見て、貴司はそう納得した。
書く必要はないだろうにと思いつつ、不要なことをあえてやるところがまた、送り主らしいとも思う。
「気をつけてお持ちください」
配達人は親切に言って、ひと抱えもあるその荷物をゆっくりと貴司に手渡した。大きさはもとより、額にでも入っているのかずしりと重い。ひとりで受け取らざるを得ない状況を苦々しく思いながら、仕方がないと自分に言い聞かせる。
この家には父と自分しかおらず、配達人が訪れる時間には、父は多くの大人がそうであるように仕事に出ている。むしろ貴司が受け取れたことで、配達人には無駄な苦労をかけずに済んだ。
伝票を良く見ると、配達時間として夕刻が指定されている。送り主の、酔狂に見えてしごく真っ当な人柄が表れていた。
それにしても、これはなんなのだろう。
四苦八苦して居間に運び込んだ荷物に、改めて思う。十五歳の少年としてはごく平均的な体躯である貴司の、腰に近いほどの高さがあった。
ふと、振り返るとそこには。
伝票に記載された、タイトルと思しきものを反芻する。なんとも中途半端な、ゆえに明確な意図を感じさせる言葉だ。後に続くものを、無意識に考え始めてしまう。
ふと、振り返るとそこには⋯⋯、
リィィィイン
突如鳴り響いた高い音に心臓が跳ねる。どくどくと血の巡る音を感じながら、黒光りする受話器を取った。心地良い重さがひんやりと手に馴染む。
「はい、藤岡です」
「貴司、荷物は受け取ったか」
名乗りもせずに用件を切り出す。飄々としたその口調に、貴司は受話器を強く握った。
「⋯⋯馨にいさん、」
「なんだ、不機嫌だな」
「なんですあの荷物は。大きいし重いし、腕が痛い」
電話の向こうで低く笑う声を聞いて、つい甘えた抗議の声が出た。幼稚な言動に取り合うことなく、馨はひと言、「開けるなよ」と釘を刺す。そのための電話かと思うと、途端に苦い想いが湧いた。
声を聞けて嬉しいと思うのは、所詮自分だけなのだ。
「⋯⋯なんで、見てはいけないんです」
不貞腐れる貴司に、吐息のような声が答えた。
「朔さんのものだからさ」
父の名前を呼ぶ時、馨の声には微笑むような響きが滲む。どこか甘く、けれど苦みも含んだ響き。自分には向けられることのないその声を聞く度、心は飽かず締め付けられた。
「⋯⋯次は、いついらっしゃるんです」
詮無い想いを消し去りたくて話題を変える。ああ、とほんの少し考えるような間があって、無闇に明るい声が返った。
「すぐだろうよ」
「え?」
聞き返す貴司には構わず、笑う気配だけを残して、電話はあっさりと切れた。
馨は父の従弟である。だが年は貴司のほうに近く、周囲からは貴司の従兄だと思われていた。父も馨も面倒がって訂正しないため、貴司も訊かれない限り何も言わない。
本音としては、従兄どころか兄であってほしかったと思う。頻繁に訪れては細やかに貴司の世話を焼くくせに、自身の生活は何ひとつ悟らせない。そんな馨に貴司の苛立ちは募るばかりだ。今回のように、しばらく顔を見ていない時はなおさら。
ツー、ツー、という無機質な切断音を聞きながら、貴司はいよいよ自身の心に向き合わざるを得なかった。顔を見れずに寂しいよりも、声を聞けて嬉しいよりも余程強く、その声で父の名前を呼ばないでほしいと思うなど、およそ年長者への思慕の情を超えている。
いっそ、兄であってくれれば良かった。
荷物を見た父はあからさまに眉を寄せて、短く一言、「中身を聞いたか」と尋ねた。
「訊いたけど、教えてくれませんでした」
「ならいい」
父は貴司のことなど忘れたように電話に向かう。すぐに「なんだあれは」と言う声がし、「今さら」「なんのつもりで」としばらく責めるような言葉が続いた。温厚とは言えないものの、感情を表に出すことが少ない父には珍しい。
「話したいこと? こっちはいつでもいいが、何を改まって⋯⋯」
貴司は思わず夕食の準備の手を止めた。だが期待に反して、具体的な日程は続かない。
代わりに耳に届いたのは、低く掠れた声だった。
「⋯⋯結婚、」
まず聞き間違いかと思い、次に父と馨、共通の知人の話かと思った。そんな淡い期待を嘲笑うかのように、苛立つ父の声が耳を刺す。
「詳しいことは来た時に聞く。日曜だな?」
やや乱暴に置かれた受話器が、じりん、と抗議の音を出す。父は険しい表情で居間に戻った。貴司の視線に気づいて眉間の皺を深めながら、口を開くことはない。仕方なく問いかける。
「結婚って、従兄さんがですか?」
「⋯⋯そうだ」
「今初めて聞いたんですか」
「ああ」
「父さんも知らない人?」
「私はあれの親でもなんでもない。交際相手など知るわけがない」
三十近い大人の話だ。親であっても、本人に言われるまで知らないのは不思議ではない。だが曜日問わず日常的にこの家を訪れ、貴司や父と多くの時間を過ごしていた馨に交際相手がいる可能性など、貴司は考えもしなかった。
父はどうなのだろう。目の前の険しい顔が届いた荷物のためなのか、馨の結婚話のためなのか、貴司には判断できなかった。
父と馨の関係は、貴司から見ても良くわからない。
馨がこの家に通い、貴司を構うのは父への思慕からだろう。馨の声に滲む甘さと苦さを思えば、それ以外には考えられない。懲りもせず波立つ心を宥めながら思う。馨は父を慕っている。自分が馨を慕うように、あるいはそれよりもずっと強く。
ならば父にとって、馨はどのような存在なのか。
電話をしていた父の態度。掠れたような父の声に単なる驚きとは違う感情を読み取ってしまうのは、馨を求める自分の感情を父にも投影しているだけなのだろうか。
「⋯⋯父さんと従兄さんは、昔どんな関係だったんですか」
「なんだ急に」
「聞いたことがないなと思って。普通は従兄の子どもの面倒を見るために、家に通ったりしないでしょう。従兄さんがそうするだけの、何か特別、父さんを慕うような出来事があったんですか」
聞いていいのかはわからなかった。けれど何度も呑み込んできた疑問でもあった。
父は厳しい顔で貴司を見ている。苛立ちにも怒りにも、苦悩にも見える顔に、心をざわりと不安が覆った。今日の父は、あまりに感情が見えすぎる。
永遠にも思える沈黙の後、父は静かに貴司から目を逸らした。
「⋯⋯覚えていない」
貴司の言葉を頑なに拒む横顔に、それ以上は何も言えなかった。
日曜日、馨は約束の時間ちょうどに訪れた。ひと月ほど見ない間に痩せたように思う。顔を見ただけでざわめく胸を落ち着けようと、貴司は憎まれ口を叩いた。
「ちっとも顔を見せないで」
「不機嫌だな。電話でもそうだった。学校で何かあったか」
「ありません。従兄さんのことで不機嫌なんです」
「それはすまない」
取り合おうとしない態度に苛立ち、框に上がった馨に抱きつく。子ども扱いしかしないなら、こんな行動も許されるはずだと思った。
「⋯⋯どうした、」
優しい声が降ってくる。頭を撫でる手の温かさに、自分がこの人にとっては愛しむべき年少者でしかないことを痛感させられた。それを苦くも甘くも感じる自分に、また心が波を打つ。
けれどそんな駄々も、父が居間から顔を出したことであっさりと終わった。頭を撫でていた馨の手が、思わぬ強さで貴司の肩を掴む。
「おまえは上に行っていろ」
否を受け付けない馨の口調に、貴司はただ唇を噛んで拳を握った。
そこでごねるほど子どもではないが、大人しく言うことを聞くほど弁えてもいない。貴司は部屋に引き取った振りをして、階段から居間の様子を窺った。古屋の襖は建て付けが悪く、耳をそばだてれば割合鮮明に話し声を聞き取ることができた。
「開けてもいない。いくらなんでも冷たすぎやしませんか」
詰る言葉は馨のものだ。その声に滲む甘えるような響きに、知らず貴司の喉が鳴る。
「くだらない嫌がらせはやめろ。引き取る気はない、持って帰れ」
「嫌がらせなんて酷いな、これは従兄さんのものでしょう。いつまでも僕が持っているわけにはいかないから、お返したんじゃないですか」
「⋯⋯おまえが不要なら捨てればいい。わざわざ俺に送ってくる必要はないだろう」
「本当に、そう思っているんですか」
馨の声が冷たく張り詰め、貴司の心臓が縮こまる。ふたりが何の話をしているのかわからないが、父の、不要なら捨てろという言葉が馨の逆鱗だったようだ。
「今さらはこっちの言葉です。こうして突き放すなら、なぜこんなものを描いたんですか!」
「⋯⋯単なる趣味だ」
「描く対象に意味なんかなかった。そういうことですか。僕に渡したのも?」
「そんなことはどうでもいい。それより、結婚の話は」
「それこそ従兄さんにはどうでもいいでしょう。放っておいてください」
押し問答が続き、馨の声が高くなる。対して父は、言葉を探すそぶりはあれど落ち着いた口調を崩さない。それがどれほど馨の心を乱すかと思うと、貴司の胸は絞られるように痛んだ。
「もうたくさんだ。言ったはずです。もう待てない」
「馨」
「僕が子どもだから。貴司が幼いから。次は? 次はなんです。いつまで?」
「馨、」
「僕はもう待たない。この絵もいらない。この家にも二度と来ない」
「何を」
「さよなら従兄さん。貴司にはまた連絡します」
「馨!」
階上に退く暇もなかった。足音荒く廊下に出た馨と目が合い、貴司が息を呑むより早く、馨は目を逸らして歩き去った。
「⋯⋯父さん」
呼びかけに、父はちらりと目線を寄越しただけだった。壁際に先日受け取った荷物がそのまま置いてある。その包みを目にして、貴司は悟った。この絵が、ふたりの諍いの元なのだ。
開けるなよ、という馨の含み笑いが甦る。その声に突き動かされるように、貴司は包みに手をかけた。父は佇んだまま、静止も立ち去りもしなかった。
「⋯⋯父さんが、描いたんですか」
絵を描かない貴司には、画材が何かもわからない。だが、描かれているのが少年の日の馨であることは一目でわかった。
白い襟は制服だろうか。背後から呼ばれて振り返ったような構図の、背中から上。驚いたように見開かれた瞳、薄く開いた唇。艷やかな髪の一本一本まで見えるようだった。
『ふと、振り返るとそこには』。配達の伝票には、そうあった。
幼い丸みを帯びた頬に手をふれる。ざらりとした感触。当然だ、これは絵なのだから。けれど、それにしてはあまりにも。どくどくと心臓が暴れ出す。
もう待てない、と叫んだ馨の声が聞こえる。苦みが口いっぱいに広がる。こんなものをと、心をそんな言葉が満たす。
こんなものを描いていたのか。
こんなものを持っていたのか。
光が弾ける睫毛の震えが、
見開かれた瞳の揺らぎが、
鼓動に合わせて血が昇っていく、頬の熱が。
まるでそこに、今まさに、愛しい人に呼ばれて振り返った少年がいるかのような。
その少年を見つめる誰かの、キャンバスにこの瞬間を閉じ込めたいと願った、心のありようまでが見えるような。
その瞬間にふたりの間に交わされた想いまでもが、見えるような。
こんなものを、もし、自分が⋯⋯
「⋯⋯追いかけるべきです」
指にざらりと、キャンバスの少年の頬は冷たい。馨もこの頬にふれただろうか。何を想って。どんな表情で。
彼の輪郭を彩るように散る桜の花びらが滲んで溶ける。
目を伏せた貴司に、父の顔は見えなかった。
