【企画SS#片想い文芸部】選択肢

(約2,000字)

「選択肢を整理して」
 よく通る声で、今日も彼は指示を出す。論点は?課題は?対応の、選択肢は?
 私は言われたとおりにペーパーをまとめる。論点は。課題は。対応の、選択肢は。
「ベストな選択肢は?」
 目が合う。モニター上の計数やグラフは沈黙したままだ。私は頭のなかで言葉を転がす。
 この想いの、選択肢は。

「なーーーいそんなの!」
「おおどうした、いー感じにテンパってんね」
 資料が取っ散らかる机に突っ伏したところで、同期が声をかけてきた。どうやら次にこのミーティングルームを使うらしい。慌てて資料をかき集めようとすると、「まだ早いから大丈夫だよ」と優しく制止された。
「私もひとりで作業したくて、早めに来たんだ」
「そう…なんだ、良かった」
 ミーティングは30分後だという。確かに慌てる必要はなかった。私は落ち着いて資料をかき集める。
「だからまだいいって」
「いや、ひとりで作業したいなら邪魔でしょ。私はもう終わったし、席に戻るよ」
「戻って大丈夫なの?」
 何気ない言葉に手が止まる。え、と顔を見ると、同期は小首を傾げてみせた。
「なんかテンパってたから。戻ったら電話とかで手ぇ止められたりするじゃん。作業しなきゃまずいなら、私は別にいいよ」
「ああ…」
 そういう意味か。
「じゃあ…ちょっとお邪魔しよう、かな」
 どうぞ、と言いながらパソコンを開く同期に、私は立ちかけた席に再び腰を下ろす。そしてかき集めた資料に目を落とした。
 びっしりと赤ペンの入った資料。元のまま残っているのは計数の表くらいだ。文章は思い切りよく全文に取り消し線が引かれて、「メールで送る」と補記されていた。
 今日も惨敗だ。我ながら酷すぎる。
「それ、木戸マネ?すごいね」
 資料をちらりと見た同期が、小さく苦笑しながら言う。木戸マネ=木戸マネージャーは私の上司で、赤ペンの主だ。
「まじでやばい」
「うん、見るだけでやばい」
「何がやばいって、これ初見じゃないっていう」
「ええ…ストローク後でそれ?」
「やばいでしょ」
「やばい、無理」
 なんでそうなんの、と同期が笑う。一度方向性をすり合わせたうえで再提出した資料が、再び全文削除の憂き目にあう。その理由やいかに、と。
「試されてんのかも」
「なにを」
「わかんない、何回耐えられるか?」
「ウソでしょ。違うアプローチを探ってるとかじゃなくて?」
 現実的にはそうだろう。私の資料を読みながら、その時点で見えた論点を整理し、課題と対応策を整理して方向性をまとめた。が、改めてじっくり読んでみると、なんだかしっくりこない気がする。見落としている論点はないか。他にクリティカルな課題はないか。対応策は課題を潰せているか。そして、そこから見える今後の方向性は。
 あの高速回転する頭は、常にそうしたことでいっぱいだ。全方位、油断なく、あらゆる選択肢を探っている。どれが一番、美しい仕事になるか?
「あのワーカホリックめ」
 呟くと、同期はほんとそれ、と笑った。 

「ようやくまとまりましたね」
「そうですね…」
 ペーパーが上司のお眼鏡にかなったのは、同期とのやりとりから数日後だ。会議への資料提出ギリギリまで、私は日々、あーでもないこーでもないと、文字通り上司と膝を突き合わせて打ち合わせていた。
 もう上司が作ったほうが早いんじゃ…という段階はとうに過ぎ、私は素直に壁打ち相手として上司の問いかけに答える。この場合の選択肢は。その場合の課題は。プランBなら影響範囲は。
「今期のメインタスクはこれでばっちりですね。お疲れさまでした」
「ありがとうございます。えっと、次はどんなタスクを?」
 え。にこやかだった上司が固まり、まじまじと私の顔を見つめてくる。
「仕事、終わったばかりですよ?」
「はい」
「しばらく仕事のことは考えたくない、とか思うところでは?」
 なるほど確かに。
「失礼ながら、間宮さんがそこまで仕事に情熱を持ってくれているとは思いませんでした」
「心底失礼ですが、おっしゃるとおり仕事に特段熱意はありません」
「聞き咎めるべきですかね」
「ワーカホリック的には重罪でしょう。罰則の選択肢は?」
「私はワーカホリックでもパワハラ上司でもないはずなので、今の発言は明確に聞き咎めさせてもらいます」
「…一度、ご自身の仕事振りを見つめ直されたほうがよろしいかと…」
「………」
 ふふ、と上司が小さく笑う。ペーパーをまとめている時とは別人のようだ。
 そういうとこだぞ、と思う。
「仕事に特段熱意のない間宮さんが、仕事が終わった直後に次の仕事を所望する。これはどういう展開ですか?」
「さぁ、どこに課題があるのか…」
「…そこに課題を求めるべきかについて、まずは整理しましょうか」
 上司の瞳がきらりと光る。美しい仕事を求める、ワーカホリックのだ。
 そういうとこだぞ、と、思う。

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こちらの企画に参加させていただきます↓
よろしくお願いいたします。
#片想い文芸部
#選択肢

最近何も浮かばないなー、と思っていたのですが、これは書けました。
でもナルさんが求めるキュンキュンする片想いじゃないですね…

前回の参加作↓


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