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【お題SS#片想いのスタンス】鍋の具

(約2,000字)

「鍋の具材が高い、と言う話になり」
「物価高ですからねー」
「インフレは経済にプラスかと言うと」
「付加価値への対価ならそうでしょうが、コストプッシュ型だとそう単純な話でもないでしょうね」
「ええ、プッシュされた分が国内に還流すればいいのですが」
「エネルギー関連は外国頼み、原材料も多くは輸入。やはり自給率が低い分野でのコストプッシュはしんどい」
「国土環境は大きくは変えられませんから、国策として取れる手段も限られる。ソフトパワーは重要だけれど、内容的にはやはり技術関連では、と」
「アニメ観られなくなるから日本と戦争すんのやめよう、は現代の為政者には不可能でしょうからね。工場止まるから日本と戦争すんのやめよう、はありえるとして」
「……そうなりますよね?」
「なにがですか」
 そもそも何の話だ、これは。会話が途切れたところで、俺は改めて木戸さんを見た。
 同僚は、端正な顔を困ったようにしかめている。
「会話の流れです。鍋の具材から今の流れは、特に不自然ではないですよね?」
「あーー……」
 そういうことか。
 珍しく休憩に誘ってまで話したがった理由。コーヒーじゃ割りに合わないぞ、と心のなかで呟く。
「不自然ではないですが、色気はないですね。職場で同僚とする会話です」
「色気……!」
 ショックを受ける表情が無防備すぎて、思わず呆気に取られてしまった。
 こんな表情をするのか、この人が。
「あの、そんなに気にしなくてもいいのでは。むしろ木戸さんらしいですし」
「でも、会話がつまらないのは困りますよね?」
「つまらないと言われたんですか?」
「え……」
「言われたんですか?」
 彼女さんに。
 我ながら意地悪に、わざとらしく聞いてみる。意図を察したかは不明だけれど、彼はきゅっと唇を噛んで目線を下げた。
 手のなかのコーヒーが軽く揺れる。目の前の光景が信じられない。
 これが木戸さん?
 他部の部長級とひとりで渡り合うスーパーエース。仕事が恋人のワーカホリック。ポーカーフェイスか不敵な勝ち確の笑み、ほとんど二択のその人が。
 雑談に色気がないと、落ち込んでいる?
「待ってください、情報量が多すぎる」
「情報量?」
 聞き返された言葉を無視して、俺はこめかみを押さえた。我ながら動揺している。
 いや、確かにありえる。先日間宮さんと雑談した時、彼女も言っていた。雑談がビジネスライクすぎるのを気にしているようだと。
 でもそれは、彼女との時間を楽しみたいということで。
 つまりは彼女を大切にしているということで。
 結果的に、彼女は彼といて、幸せだろうということで。
 ……最終的に、いまだ割り切れない俺だけが、無用なダメージを負うことになるのだ。
 結論に思わず眉を寄せてからはたと気づいた。待て待て、何よりもまず。
「そもそも、なんでこの話を私に?」
「えっ……」
「え?」
 動揺されて動揺する。いやいや、しごく当然の疑問じゃないか。
 俺は、あなたの恋人に振られているんだぞ。
 告白したことはともかく、俺の気持ちはこの人も知っていたはずなのに。なぜこんな恋愛相談みたいなことを……
「えっ、マウント?」
「マウント?」
「……いや、さすがに木戸さんがそんな人じゃないのはわかっていますが……そうじゃないとさすがにやり切れないし、いっそ今からでももう一回、」
「香山さん?」
「すみません動揺しました、なんでもないです。で、なんで私にこんな話を?」
「それは……」
 話を強引に戻す。瞬時困ったように泳いだ視線が、細いため息とともに真っ直ぐに俺に向けられて、
「え……」
 その輝くばかりの強さに、缶を握る手に力がこもった。
 同時に、ひやりとやさしい風が胸を吹き抜けるような気がする。
 この瞳か。
 この瞳を、こんな距離で見ていたら、それは……
「お恥ずかしい話ですが、こういうことを話せる心当たりが他になく……香山さんなら、聴いていただけるのではないか、と」
 ああもう、ほんとに、この人は……この人たちは。
「……信頼って、時に残酷ですよねぇ」
「……すみません……」
 皮肉を正面から受けて唇を噛む。わかっていないわけがない。それでも彼が、こうして俺に話した理由。
 それはきっと、彼自身のためじゃない。
「ほんと、コーヒーじゃ割に合いませんよ」
 絡み合う視線を先に外したのは俺だった。
 ふっと肩の力が抜けて、唇に微笑が浮かぶのがわかる。
 いつもの俺の、ズルい笑顔。
「でもいいや、せっかくならメシでもどうです。それこそ鍋とか。休憩なんて慌ただしくて」
「え、いいんですか」
「原価計算も回転率もなしならね」
「えっ……」
「いや、そういうとこですよ?」
 素でツッコんだ俺に、木戸さんはハッとしてから照れたように微笑む。手のなかで、コーヒーの揺れる音。
 いやちょっと、さすがにそれはズルくないか。
「……敵わないよな、ほんと」
 呟いた声は、彼には聞こえなかったようだ。


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こちらで募集したお題を使わせていただきました。
星屑さん、素敵なお題をありがとうございました!!

木戸マネがズルくて香山さんがかわいそう(?)……!!
「なんの話だ?」と思いながらインフレ談義に付き合ってた香山さん可愛くないですか(贔屓中)。

はじめましての方でもお読みいただける内容にしているつもりですが、連作SSシリーズ3作目です。
前回まではこちら↓


TALESでも公開してます!

過去に間宮さん視点で連載していたものの続篇となるこのシリーズ。
三人にご興味を持っていただけましたら、ぜひ前作シリーズも覗いていただけると嬉しいです(*´∀`*)
一話約2,000字、隙間時間にゆるゆるとお読みいただけます!

noteではこちらからどうぞ↓
※短歌や単発作品も収録


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