【企画短編#noteでBL※R18】天上の花
毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
なみさん、いつもありがとうございます!!
ついに来ました不穏耽美!!
昨日までクリスマス童話(ふうの何か)やモダモダしたオフィスラブコメ(?)を書いていたため、落差にくしゃみが止まりません。
なお本作ですが、直接的な行為描写はないものの、内容が重いので年齢制限つけさせていただいております。
企画参加者・企画閲覧者の方であっても、未成年の方は閲覧をお控えください。
また、お題のとおり大変に後味の悪いものとなっております!!(断言)
昨日までに投稿した作品の雰囲気がお好きな方はお読みにならないほうがいいと思うので、ページクローズでお願いしますm(__)m
※※※注記(重要)※※※
・かつての遊郭をイメージした架空の設定・世界観の創作です。制度や作法は史実とは異なります。
・内容に性的支配・暴力を想起させる表現、精神的に重い描写が含まれます。
・性的な行為や関係性が物語上描写される場面の登場人物はすべて成人です。回想シーンにおける描写は設定上の背景や心理的・象徴的表現であり、未成年者への性的行為を直接描写・肯定する意図はありません。
・また、本作では行為の詳細や快楽を目的とした性的描写は行っておらず、成人後・回想いずれの場面においても、人物の心理や関係性を描くための比喩的表現に留めています。
【お題】激重感情仄暗不穏耽美なBL(~10,000字)
【タイトル】天上の花(字下げ含み約6,000字)
欲望煌めくその見世の
秘された座敷の奥深く
天上の花が咲くという
滴る蜜は喉を灼き
溢れる香りは息を止め
星を溶かしたその瞳には
ひとの心が映るよう
緋く滲んだ唇に
ひとたび微笑がこぼれたら
二度とは醒めることのない
天上の夢が咲くという
欲望渦巻く見世の奥
秘された花が今日も咲く
楼主が選ぶひとりのみ
赦され叶う座敷には
笑み綻ばせ手を伸ばす
天上の花が咲くという
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
笑いながら数える子どもの声が遠く聞こえる。ふと顔を上げると、背後でさらりと衣擦れの音がした。ちらりと振り返った目に白いつま先が映る。
四角い爪は淡い桃色で、自分は見たことがないが、海にはこの色の薄い貝殻があるのだそうだ。
この白いつま先が波に浸されるさまはさぞ美しかろう。海というものを見たことはないけれど、きっと冷たく、蒼く、このつま先を包むのだろう。
そのなかで浮かび上がる、桃色の爪。
思い描く光景の美しさに、思わずほぅ、と息が漏れた。
「……なに、」
吐息が聞こえたのか、小さく掠れた声が問う。さらりさらりと衣擦れの音。艷やかな髪が布を滑る音。脇息に気怠い身体を預け、顔を拭う。そしてほぅ、と息を吐く。……背後のそんな気配のすべてが、甘やかに匂い立つようだ。
「子どもの声が、聞こえたので」
答えると、小さく笑う声がする。吐息のように名を呼ばれて、ついに振り返らざるを得ない。視線は頑なに畳に伏せて、遠野は身体を返した。
「とおの」
ああ、なんという声。
自分の抗いを笑う主人の、あまりに甘く、あまりに意地の悪い声に、遠野は膝で拳を握る。
それを見て、また密やかに主人は笑う。
「……遠野」
呼ばれれば身体は勝手に動く。声が糸になって絡みつくようだ。蝶を捕らえる蜘蛛のように、甘く滴る蜜に濡れた声。
その声が昨夜誰の名を呼び鳴いたか、伸ばされる白い手を見ながら思う。緋く滲んだ唇は、星を溶かしたような瞳は、昨夜誰のものであったのか。
昨夜。
その手を取って、そのつま先に口づけて、その肌を乞うたのは。
この天上の花を咲かせた男は、誰であったのか。
薄衣が肌を滑り落ちる。気怠げに、主人は再び褥に横たわる。肩に、胸に手を置けば、小さな笑いが喉を震わす。
「早く、消して。……ぜんぶ」
そう言って、主人は震える睫毛を伏せる。
表を走る子どもの足音。
その気配を遠く背に聞きながら、遠野は主人の身体に指を滑らせる。
毎朝一番の、遠野の仕事。
今宵再び、この花がまっさらに咲くために。
今宵再び、誰かのものとして咲くために。
これがいい、と言った主人の声を覚えている。
星を溶かしたような瞳が、遠野を映して揺れるように煌めいた。これでなくては嫌だ、と続ける声の奥、揺れる瞳の奥に、遠野は別の声を聞く気がした。
見つけた、と。
「おまえ、名前は」
しゃらりと鳴る鈴のような声だと思った。銀色の鈴。耳に響いて、心にりんと留まる声。
遠野は答えられなかった。そんなものはなかったからだ。遠野はいつでも、つい今しがた彼が言ったように、「これ」と呼ばれていたのだから。
きっとこれからも、そう呼ばれ続けるのだろうから。
答えない遠野に、主人は小さく首を傾げた。「口はきけたほうがいいのだけれど……」と、呟きながら。
「旦那さま、これは口がきけないの?」
「……きけるさ。単に名前がないのだろう」
遠野を主人に買い与えた楼主はこともなげに言って、遠野の顔をまじまじと見た。そして確かに眉を寄せた。
「本当に、これがいいのか」
問うた楼主に、主人は嫣然と笑んだ。とても少年とは思えぬ、夜に冴え渡る弦月のような笑み。
それもまた、遠野には忘れられないのだ。
「これがいい。……名前は、遠野にする」
こうして遠野は主人のものになった。春まだ遠い朝、かじかんだ自分のつま先を見ながら、とおの、と口のなかで繰り返した。
名前。
名前。
遠野。とおの。
名付けの理由は、今も知らないままだ。
「おおきくなった」
ぱちり、と爪を切る音が響き、その思いがけない大きさに遠野は瞬時動きを止めた。目を凝らしても美しい爪と肌に傷はなく、安堵の息を漏らす。
そんな心を知ってか知らずか、主人はふいに、自分のつま先を任せる遠野の手を取った。
ことり、とやわらかな踵が床に落ちる。痛くなかっただろうかと過った思いは、すぐに眼前の美に囚われた。
白い手のなか、遠野の骨張った固い手が所在なく強張っている。手のひらをなぞる指の先、桜の花びらに似た爪が、窓からの陽を弾く。
「大きくなった」
繰り返す声は笑っている。とおの、と呼びながら、主人の手が遠野の手を頰に導く。無言で命じられるまま、頰に指を滑らせる。ふふ、と愉しそうに詰る声。そこじゃない。わかっているだろう。
「遠野」
もう示されることもない。ここだよ、と教えた声が遠く聞こえる。ここだよ遠野。ここを、こうして……
遠野は細い顎に指をかける。親指で唇にふれれば、滲むように笑みが広がる。
「……本当に、大きくなった。なぁ、遠野」
教えられたとおりに、命じられたとおりに、今日も遠野は主人にふれる。じょうずになった、と囁く声がゆっくりと心に落ちていく。
黙ったまま、遠野は主人の望みを叶える。これが望みだと、これを望んでいると、教えられたとおりに。
廊下で行き合った楼主はあからさまに眉を寄せた。膝をついて顔を伏せる遠野から視線を外し、冷たい声が一言、「髪を下ろせ」と吐き捨てる。
「やめてください、私が命じているのですから」
額に前髪を下ろそうとした手は、その一言で止められる。しゃり、と衣が畳を擦る音。かたんと鳴った障子戸から、紅を手にした主人が顔を覗かせる。
「髪を上げろ」
とおの。蜜のような声が命じて、遠野は額に落ちていた一筋を撫でつけた。
それを、楼主が燃えるような眼で見ている。
「これの顔が好きなんです。……ご存知でしょう?」
見ていないと身体が重くて、とても座敷になんて行かれない。歌うように嘯いて、主人は笑んだ眦に紅を引く。
紅い、朱い、緋い、一筋。
「おいで、遠野。着替えを手伝え」
楼主に頭を下げ、主人の部屋に入る。障子を閉める一瞬、主人は微笑んで言った。
「本当に、大きくなった」
楼主に聞こえるように。
背に感じる、燃えるような気配。遠野の瞼にその人の顔が過ぎる。
自分とよく似た、その面差し。
楼主はわかっていたのだ。かじかむつま先とともに思い出すあの日、確かに彼は眉を寄せ、主人に問うた。「本当にこれがいいのか」と。
冴えた弦月の笑みで、これがいいと答えた主人。それ以上は何も言わず主人に自分を買い与えた楼主は、けれど確かにわかっていたのだ。汚れて痩せ細ったこの子どもが成長し男になった時、どのような面差しを持つか。
欲望と怨嗟燃えたぎる花街で、その腕ひとつで天上の花を育てた楼主。どれほどの人間を、その欲望を見てきたか。
彼にわからぬはずがない。主人が遠野を望んだ理由。身の回りの世話をさせながら、指折り数えて遠野の成長を待った理由。
男として成長した遠野に、毎朝仕事を命じる理由。
大きくなったと囁く声が何を意味しているのか、その言葉の奥で、銀の鈴のような、蜜に濡れたような声が何を叫んでいるのか。
楼主にわからぬはずがない。その手で育てた彼の花。ほくろも皺も無意識の癖も、何ひとつ知らぬことのない彼の花が、弦月のように微笑みながら、本当は何を叫んでいるのか。
知っていながら、楼主は眦に紅を引く彼の花に、今宵の客の名を告げる。彼が選んだ、彼が赦した、彼の花にふれるひとり。
その手を取り、そのつま先に口づけて、その肌を乞うただひとり。醒めぬ夢と評される、生涯一度と願うものが後を絶たない、欲望の最果てに咲く、天上の花。楼主が赦した、一夜限りの花の主を。
楼主の声を背に聞いて、主人は黙って紅を引く。白い眦が血に裂けるようで、遠野は小さく息を呑む。
女のように結いはしない、うなじを隠さぬ艷やかな髪。香油を撫でつけ、その日最も艶やかに咲いた大輪を飾る。
春まだ遠い月冴えた夜、真紅の椿が八重に咲く。
その客は特別なのだと言われた。花の主として再訪を赦された唯一の客。生涯をかけて願っても叶わぬと言われる最果ての夢に、ひとりで何度も遊ぶ蝶。月光を弾く漆黒の羽で花を撫で、その身の奥に湧く蜜を呑む。いくつもの夜を、そうして遊ぶ。
初めての客だと主人は言った。咲き初めの固い蕾の頃から、花街一の大輪となるまで、その人は何度も主人のもとを訪れた。
この身体は彼が作ったと主人は言った。どこにふれ、どこを吸うか。どう震えるか、どう鳴くか。吐く息の数まで知っている。
だから最後の客になると、主人は言った。いずれこの身は、真実その人のものになる。拒む理由などなかった。本当は、最初から。
そう言って微笑む眦の紅はかすかにも乱れず、ただ紅く月の光に溶ける。その人が好むあかを纏って、主人は出迎えの道中に立つ。
背に楼主の、燃えるような眼を浴びながら。
見世の座敷の奥深く、赦され訪れた客にのみ咲く、秘された花。その花が、唯一自ら出迎えに立つ、花の主。
いずれその人のものになると、真実自分を得るのはその人だと、自らに示すように。
髪に、眦に、その身すべてに、その人が好むあかを纏って、あなたのものだと囁くように。
その姿を、背を向けた楼主に見せつけるように。
しゃらんと鈴の音が鳴る。主人の髪を風が撫でる。
白いうなじに楼主の視線が絡みつくようだ。その視線が糸となって、きりきりと主人の首を絞め上げるようだ。
きりきりと、ぎりぎりと、遠野の耳に巻き上げられる糸が聞こえる。きりりぎりりと軋みを上げる心が聞こえる。やがて途切れて崩れるような、いまわの際の一筋の音。
主人はその夜、身請けの申し出にはいと答えた。
「この街の桜は好きなのに」
見世を出るまでに、桜は間に合わないだろう。冷たい風に髪をなびかせ、主人は窓から街を覗く。彼が育った、広く狭い、欲望渦巻く夢の街。遠く、子どもの声が風に舞う。
「おまえが来たのも、こんな日だった」
白く雲に覆われた朝。春まだ遠い、つま先が紅くかじかんだ朝。
とおの、と呼ばれた、遠いその日。
「なぜ、私を選ばれたのですか」
言葉は勝手に口からこぼれて、主人の微笑に受け止められた。紅を引かずとも、滲むようにあかい唇。
「好きだからだ。……わかっているだろう?」
この顔も。声も。指も。
「遠野」
呼ぶ声は笑っている。手を伸ばせば、睫毛を伏せた主人は腕の中に収まる。
この声に名前をもらったあの日。この身は、この人よりも余程小さく細かった。
「とおの」
呼ばれるままに、求められるままに、遠野は主人の身体にふれる。消してほしいと叫ぶ心の声が聞こえる。
呼ぶ声は笑っている。伏せられた睫毛は乾いている。
だからわかる。消してほしいと、叫んでいると。
眦に一筋血の色が咲く。その夜訪れた楼主に、主人は鏡のなかで微笑む。
「もう出迎えに?」
晩冬の夜は早く、支度はまだ終わっていない。ゆるゆるとあかを纏う主人を見ながら、楼主は後ろ手に障子戸を閉めた。
「出迎えはいらない。……今宵、あの方は来ない」
しゃらんと鈴が転がるような沈黙が落ちた。振り返る主人の横顔を、輝き始めた月の光が撫でる。
「今宵、あの方は来ない」
無言の問いかけに楼主はゆっくりと繰り返す。静謐な眦が張り詰め、塗りたての紅が月光を弾く。
明日の朝、主人はこの見世を出る。
天上の花の最後の夜、蝶は来ないと楼主は告げる。ふたりの視線が絡まり合い、糸になって互いを縛る。きりきりと絞め上げるいまわの一音。遠野の耳が、途切れる寸前の叫びを聞く。
「……最後の夜です」
乾いた声。乾いた睫毛。打掛を握る指が白い。それでもかすかにも歪むことのない、眦の紅。
楼主の手が懐に入る。掴み出された包みに、主人の喉が小さく震える。
差し出される、今宵一夜の花の値。
「おまえの最後の客は俺だ」
一夜限りの花の主。それを赦すのは楼主のみ。
打掛を握っていた手がぱたりと落ちる。ついに途切れた糸。
楼主はわかっていたはずだ。彼の花が、どれほど彼を望んでいたか。夜毎その手を夢見ながら、違う男のために咲く。泣き叫ぶ心を知りながら、彼は毎夜客の名を告げ、決して自身に赦さなかった。
彼の花の、一夜の主。
彼の花の、最後の夜。
楼主が花に手を伸ばす。明日には他の男のものとなる、二度とは叶わぬ彼の花。ほくろも皺も無意識の癖も、何ひとつ知らぬことはない彼の花。
彼だけの花に、今、初めてその手がふれる。
春まだ遠い月冴えた夜。白い息を吐きながら、遠野は思う。主人は賭けに勝ったのだ。
生涯かけて、二度とは醒めぬ夢に賭けた。ただ一夜だけと願い続けた花の夢。今宵、初めて咲き誇る天上の花。
滴る蜜は、溢れる香りは、星を溶かした瞳は、緋く滲んだ唇は。今宵初めて、ただ一度だけと願ったひとりのために咲く。
遠く子どもの泣く声を聞く。
かじかむつま先が紅く熟れる。
さらりと衣擦れの音がする。気怠い身体を起こそうとする主人を、遠野は再び褥に押さえる。驚くように見開かれる瞳。そのなかで、あの日の子どもが泣いている。
「遠野」
主人が与えた名前。主人のためにあった名前。
主人のためにいた自分。
賭けに勝ったこの人は、願い続けたただひとりを得たこの人は、もう自分を望むことはない。
得られない人の身代わりに、彼にふれる必要はない。
「とお、の」
主人が自分に教えた身体。ふれ方。望むこと。
本当は、別の男に望んでいたこと。
知っていた。何もかもすべて。
自分がこの人に、求められてなどいないこと。望まれたのは、求められたのはこの面差し。
成長し、男になれば楼主に似る。それだけを理由に買われたこの身。やがて男になった時、楼主に似た顔で、似た声で、似た指で、主人を求めることだけを望んで買われた、この人のためだけの自分。
もう必要とされない自分。
「とおの、……とおの……」
腕のなかで主人が抗う。身を捩り、顔を背け、遠野の唇が、指が滑る度、吐息のような悲鳴をこぼす。
遠野。とおの。縋るように名前が呼ばれる。この人のためにあった名前。
「消さないで」
この人のためにあった自分。
「消さないで。……けさないで、」
遠野、おねがい。遠野、遠野、とおの……
紅を引かない眦が歪み、緋く滲む。睫毛が濡れる。声は泣いている。
心が割れる音を聞く。
この人のために、あった自分。
「遠野……」
初めて口づける眦は熱く、心を灼いた。
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