【企画短編#noteでBL】秘密
企画参加作①
毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
なみさん、いつもありがとうございます!!
企画はなんと記念すべき10回目!おめでとうございます✨
これからもよろしくお願いいたします☺️
※※BL要素を含みますので、苦手な方はご注意ください※※
【テーマ】3つのお題でBL(3,000~5,000字)
【お題】 雨の日の恋・ルマンド・ダンボール
【タイトル】秘密(スペース除き約4,700字)
「ルマンドがない!!」
袋の中身を見た瞬間、藤野さんは叫んだ。苦笑いした佐伯さんが横目で俺を見る。「な?」と言いたげに。
「俺のルマンドがない…!」
「ごめんな?探したんだけど、売り切れてたみたいで」
肩を落とす同期に、佐伯さんは眉を下げてポッキーを差し出した。
「ほらこれも好きだろ」
「ルマンドが良かった…」
「ごめんって」
藤野さんは佐伯さんを睨みながらポッキーを受け取る。封を切りながらまだルマンド…と呟く様子に、俺もいい加減イライラしてきた。
「なかったんだからしょうがないでしょ。佐伯さん、藤野さんのために他のコンビニ行こうとしたんですよ」
「え」
「あ、常木」
「俺が止めましたけど。わざわざ休日出勤までしてるってのに、お菓子いっこにそんな時間かけてらんないっすよ。あ、それも早く食べちゃってくださいね」
まくし立てる俺に藤野さんは目に見えてしょんぼりし、そんな同期を佐伯さんはまぁまぁと宥める。その様子に、俺はまたイラつく。
「そもそも佐伯さんは藤野さんを甘やかしすぎです」
「いやそんなことは…」
「あるでしょ、俺の好きなお菓子は知らないくせに」
「…ルマンド?」
「違います!!」
喚いたところで、俺の頭にポンと軽い何かが置かれた。
「おまえたちいい加減にしろ。休憩やめさすぞ」
「課長」
「ほらさっさと食って作業作業」
俺は渡されたたけのこの里を手にぺこりと頭を下げる。怒られちゃった、と思いながら視線を戻すと、藤野さんと目が合った。
「ごめん常木、買い出し行ってもらったのに文句言って」
「…いやいいですけど…」
俺も先輩相手に言いすぎた。こっちこそすみません、と呟こうとしたところで、
「常木もルマンド食いたかったのにな」
「いや違うっつの!」
「いい加減にしろ、休憩終わり!!」
課長の怒声が響く。肩を揺らす俺と藤野さんを見て、佐伯さんが小さく苦笑した。
「いくら同期とはいえ、仲良すぎません?」
「俺と藤野?」
棚からダンボール箱を引っ張り出しながら佐伯さんが応える。
長年溜め込まれた紙資料の一斉回収期日は週明け火曜日だ。いくつもの重いダンボール箱を保管庫から引っ張り出し、中身を確認して回収要否を判断する、というのはかなりの作業負担で、顧客対応に忙殺される平日の業務時間内では処理しきれない。俺たちは早々に平日作業を断念し、課長以下全員で休日出勤することにした。
振休の取得を考えれば、この日もダンボール箱の整理だけではなく、平日に行う本業も処理しておく必要がある。休憩だ買い出しだときゃっきゃしている余裕はないのだが、そこはやはり非日常の魔力。どうしたって気は緩むし、同僚との距離感も変わる。
来店客がいるっていうのはすごい緊張感なんだな、などと考えながら、俺は地道にダンボール箱を引っ張り出しては開封し、管理表と中身を突合していく。
「仲良いっていうか。佐伯さん、藤野さん好きすぎ」
「え」
「普段からすぐ甘やかすし。知ってますよ、業務課への書類回付、やってあげてるでしょ」
指摘すると佐伯さんは困ったように笑う。その表情に、胸にかすかな波が立つ。
「…内緒にしといて」
「なんでですか、本人のためになりませんよ」
「だってあいつ苦手だから、書類仕事。やらせても不備ばっかりで業務課にも迷惑かかるし」
「それでも自分でやるべきです。俺みたいなぺーペーでもちゃんとやってるのに」
「常木は拾いもんだからなぁ。みんな喜んでるよ、めっちゃ優秀な新人来た、って」
「そんなことない、っていうかそういう問題じゃないです!」
喚く俺を、佐伯さんの静かな瞳が真っ直ぐに見た。常木、と名前を呼ばれて、その響きに心臓をぎゅっと掴まれる。
「内緒にしといて。…頼む」
そんなふうに言われたら何も言えない。ズルい、と心の中で呟いて、俺は再びダンボール箱を開けた。
佐伯さんは優秀だ。業務経験の浅い新入社員の俺にもわかる。顧客対応も書類作業も、周囲への気遣いも完璧。おまけにシュッとしたイケメンとくれば、誰だって自然と目を惹かれる。
だから俺が目で追ってしまうのも当然だ。しかも俺は、彼と藤野さん以来、久しぶりに配属された新入社員。一番年次の近い先輩として、何かにつけて気にかけてくれる。
常木、これやってみるか。常木、これ知ってるか。常木、一緒に取引先のところ行ってみるか。日に何度も声をかけてもらい、明確に可愛がってもらっているのだ。だから俺が佐伯さんを慕うのも、目で追うのも、何でも手伝いたいと思うのも、全然おかしなことじゃない。
目で追っていればいろんなことに気がつく。誰かのミスに気づいた時の、無表情な瞬き。計数の確認をしている時にペンを回す癖。来店客が散らかしたキッズスペースを、いつも誰より早く、散らかっていたことに他の人が気づく前に片付けてしまうこと。そして、そんな彼を見ている俺に、彼が必ず気づくこと。
見ている俺に気がつくと、佐伯さんはいつもイタズラを見つかった子どもの表情で微笑む。時にはそっと、唇に人差し指を当てて。
その表情に、俺の心臓はいつも簡単に暴れ出す。どうしてかはわからないけれど。あの表情が見たくて、気がつけばまた、俺は彼の姿を探してしまっている。
目で追っていればいろんなことに気がつく。彼が同期の藤野さんと仲が良いこと。ねぇ佐伯、と藤野さんに呼ばれた彼が、いつもくすぐったそうに苦笑しながら、取りかかっていることを投げ置いて駆けつけること。そんな表情に、藤野さんはまったく気がついていないこと。
ねぇ佐伯、これやったことある?ねぇ佐伯、これ知ってる?ねぇ佐伯、この取引先のところ行ったことある?日に何度も藤野さんは佐伯さんを呼んで、明確に甘えている。だから俺が藤野さんを苦々しく思うのも、その言動にイラッとするのも、そんなこと自分でやれよと思うのも、全然おかしなことじゃない。
そんな俺の視線に、藤野さんは気づかない。あ、常木、ちょうど良かった。メシ行こうぜ、先輩が奢ってやる。イライラしている俺に太陽みたいに笑いかけて、俺の返事も聞かずにさっさと歩き出す。なんでこの人を。なんでこの人は。なんでこの人が。イライラする俺の脳裏に、佐伯さんのイタズラっぽい微笑が過る。人差し指を唇に当てて。
…内緒にしといて、常木。
そんな表情は、ズルすぎる。
夕方になって、ようやくあらかたのダンボール箱は片付いた。
「常木、課長に管理表のチェックお願いしてきて」
「わかりました」
藤野さんから渡された管理表を課長のデスクに持っていく。お疲れ、よく一日でなんとかしたなと呟いて、課長は管理表にハンコを押しながら窓の外を見た。
「雨になりそうだな。片付けたら早めに上がろう」
押印済みの管理表を持って、俺は再び保管庫に向かう。あとは回収に出すダンボール箱を一カ所にまとめれば作業は完了だ。一時間もかからない。雨になる前に帰りたいなと思いながら保管庫に入る。
管理表に落としていた目線を上げると、保管庫の奥に佐伯さんの端正な横顔が見えた。入ってきた俺には気づいていない。その瞳は真っ直ぐに、彼に背を向けて屈んでいる藤野さんに向けられている。
継続保管のダンボール箱を棚に戻す藤野さんの、細いけれど確かに男性のものだとわかる、骨張った腕。少し襟足が伸びたうなじ。腕の動きに合わせて肩甲骨が盛り上がる背中。そんな藤野さんの後ろ姿を、食い入るように見つめる瞳。
書類を、計数を、散らかったキッズスペースを見る視線とは違う。静かに対象物を捉え、誰も気づかないうちに対処する、俺のよく知っている彼の視線とは違う。
根が生えたように動けない俺の目の前で、佐伯さんの足がゆっくりと動く。藤野さんに向かって。視線は動かない。そんなに強く見つめたら、藤野さんの背中に穴があきそうだ。長い腕を伸ばせば、もう藤野さんの背中にふれられる。
ふれる。藤野さんに。あの指で。
バサ、と思いがけず大きな音が響いて、その場にいた全員がぎょっと身を固くする。俺もだ。
「常木?びっくりしたー」
藤野さんがダンボール箱を抱えたまま大きく息を吐く。俺は落とした管理表の束を拾いながら、すみませんと小さく呟いた。屈んだ頭のうえで、「うわ佐伯ちかっ、なに手伝ってくれんの?」という朗らかな藤野さんの声が響く。
暴れ回る心臓に落ち着けと言い聞かせながら、ゆっくりと背中を伸ばして目線を上げる。ふたりの先輩はいつもどおり、笑い合いながらダンボール箱を抱えている。「まじで重いんだけど」「腰気をつけろよ」などと言いながら。
「常木、そっちやって」
「はい」
藤野さんに応えながらふと視線を動かすと、佐伯さんと目が合った。落ち着いたはずの心臓が、大きくひとつ鼓動を打つ。
佐伯さんの微笑んだ唇がそっと動く。ダンボール箱を抱えた腕は動かない。音もなく動かした唇を、彼はきゅっと引き結ぶ。
…内緒にしといて、常木。
眉を下げたその表情は、泣き笑いのように見えた。
「ごめん先に出るわ」
「おーお疲れ」
先輩ふたりの声を背中に聞きながら、俺は最後のダンボール箱を積み上げる。ようやく終わった。…これで帰れる。
支店を閉めると、課長はさっさと駅に向かった。夕方から降り出した雨は本降りになりかけていて、俺は持参した傘を広げる。荷物になるなと思ったけれど、ちゃんと持ってきて良かった。
背後の佐伯さんはなかなか動かない。怪訝に思って振り向くと、カバンを覗き込んでいた佐伯さんがため息を吐いて顔を上げたところだった。
目が合う。ふ、と佐伯さんが微笑む。心臓が跳ねる。イタズラを見つかった子どものような表情。
「…傘、ないんですか」
「うん。折りたたみ、入ってると思ったんだけど」
目を伏せて微笑んだ佐伯さんが、小さく「駅まで入れてくれない?」と言った。
「…なんで藤野さんなんですか」
「…なんでだろ」
俺も知りたい、と呟く声は苦い笑みが滲んでいて、聞いているこちらの心臓をきゅっと締め付ける。
「顔ですか?」
「うーん。まぁ確かに、好みではある」
「女顔ですよね。色白いし、目おっきいし」
「うん。あいつ、姉ちゃんいてさ。遊びに行った時に会ったことあるんだけど、超そっくり。笑えるくらい」
「…仲良すぎ」
はは、と笑って、佐伯さんは前を向いたまま言葉を続ける。その横顔から目を離せない。
「でも違った。姉ちゃん見ても、へぇ似てんな、って思っただけ。…あいつとは違うんだな、ってわかっただけだったよ」
なんでだろうなぁ、と笑う声に苦さが増す。どんなに見つめても、その瞳は濡れていない。けれどどうしても、泣いているように見えて仕方ない。
泣いていてほしい、と思ってしまって仕方ない。
「…藤野さんズルいですよ。いつも佐伯さんに甘えて、佐伯さんのことなんか考えもしないで。佐伯さんがいろんなことやってくれてるの、全然気づいてないですよ」
なのに、あの人がいいんですか。その言葉はどうしても喉から出てこなくて、かわりに溢れそうになる熱いものを必死に呑み下す。
佐伯さんは前を向いたままだ。
「うん。でも、あいつのほうがずっといいよ。…こうして常木の傘に入れてもらう俺より、気づいてないあいつのほうが、ずっとマシだよ」
心臓が跳ねる。震える唇を噛みしめる俺に、前を向いたままだった佐伯さんがゆっくりと視線を向ける。
見ないでほしい、と思った。
イタズラな子どもを見つけたように、佐伯さんは微笑む。優しく、痛く、憐れむように。
「ごめんな」
傘、ありがとう。それだけ言って、彼は駅に続く横断歩道を走って渡る。点滅を始めた信号に、俺の足は動かない。
そんな表情は、ズルすぎる。
