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【企画短編#noteでBL】悩むかもしれない過去

毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
なみさん、いつもありがとうございます!!

夏ですね……
今回、いろいろ悩んで途中まで書いたものを一回ボツにしたりして、今までで一番ギリギリでした。(字数も)
意外と一番使いどころが難しかったのは『水』。
ゾンビはボツネタでも同じ使い方だったんですが。
今回も皆さんのお題使用方法が楽しみです!


なお本作はこれ↓の続きだったりします…
なんか急に出てきた、部下くん&同期。
ありがとう、君らがいなかったら不参加になるとこだったよ!!(T□T)

未読でも問題ないはずですが、連作すべてで500字ですのでよろしければ上記からどうぞ☆
当初の投稿作(『声が変わる~』単体作)から応援いただいた皆さま、おかげさまで部下くんこんなところまで来ました!ありがとうございます!!
(来ました、けど……うん、相変わらずの部下くん)
本作も見守っていただけたら嬉しいです(≧▽≦)

※※BL要素を含みますので、苦手な方はご注意ください※※
【テーマ】3つのお題でBL(3,000~5,000字)
【お題】 夏祭り・ゾンビ・水
【タイトル】悩むかもしれない過去(スペース除き約4,990字)


「映画行かない?」
 誘われてちょっと身構える。そんな俺の態度に、同期は小さく首を傾げて唇の端を引き上げた。
「警戒心えげつないな」
「……警戒っていうか、誘われるのが初めてだから……」
 驚いただけだ。同期とは言え、あくまで仕事上の付き合い。プライベートな時間を共有したことはなかった。
 なのになんで、今。
 とは、いくら俺でも訊けないけれど。
 だからこそ、どうしても身構える。
「特典狙いで前売り買ったのに、一緒に行くはずだったやつが急な転勤でそれどころじゃないって」
「……そう」
「好きじゃなかった?映画」
「嫌いではない、ってくらい、だけど」
「じゃあ付き合ってよ」
 それとも、俺とは嫌?
 至近距離で、いつものチャラい笑顔で。
 そんなふうに言われたら、いくら俺でもうんとは言えない。
「……じゃあ、行く」
「やった」
 渋っていることを隠そうともしない俺に、同期は華やかに笑った。

  俺にしとけよ。
 そんなことを言われたのは、梅雨に入る前だった。
 ふたりきりの会議室。いつものように雑談しながら片付けている時に、不意打ちで言われた一言。
  課長は諦めろ。不倫する人じゃない。
 いつもの、計数のミスを指摘するような気軽な口調で。
 指摘された事実とそれが露呈していたことに動揺する俺に、追い打ちをかけるように言われた言葉。
  俺にしとけよ。
 いつもはチャラいくせに、見たこともない表情で。それに、

「あれ、待った?」
 急に顔を覗き込まれて思わず身を引く。私服だから気づかなかった。
「ええ…そんな驚く?きずつくなー」
「ウソつけ、あと顔が近い」
「はは、バレてる」
 何見てたの、と訊かれて目の前のポスターに視線を戻す。大ヒットしたミステリ小説の映画化だ。
「なんだっけ、ゾンビ出てくるやつ?見たいの?」
「いや別に。原作読んでたから、映画になるのかって思って」
「へぇ。原作、面白かった?」
「うん、ミステリとしては。だけど……」
 今このポスターを見て気になったのは、全く違う部分だった。
「だけど?」
 促す口調はいつもどおりだ。明るく、軽く、親しみとほんの少しの距離を同時に感じる、不思議なトーン。
 心地良い、同期の距離感の声だ。
「……なんでもない」
 なんとなく話題にできなくて、俺はそう言って会話を切り上げた。行こう、と歩き出す俺を見ている、同期の瞳。
 その瞳が、あの日と同じ色をしていることを感じながら。

「ちょっとちょうだい」
 薄暗いなかで同期の手が伸びて、俺のポップコーンをがさっと掴む。
 声が近い。
「俺のも食う?」
「い……らない……」
「言い方」
 ふふ、と笑って、同期はスクリーンに向き直る。
 並んで映画を見る。友人同士の、よくある休日の光景。それだけだ。
  …さっきの、どういう
  ふつうに好きって意味だけど
  はぁ?いや、笑えない冗談…
 隣で同期が体勢を変える。長い脚を組んで、座面に深く腰を沈める。整った横顔は真っ直ぐにスクリーンに向いている。
 並んで映画を見ている。ただ、それだけ。
 あの日から、まだ何も変わってはいない。

「半端な時間だなー」
 映画館を出ると、同期は「どうする?」と訊いてきた。夕食時には早く、これから何かをするには遅い、中途半端な時間。
「……解散?」
「まじかよ」
「男同士でお茶ってのもな」
「俺はむしろしたいけど?」
 茶化す口調に睨んで見せれば、思いのほか強い視線に出会って息が詰まる。
 ふたりきりの会議室。光を弾く瞳と、見たことのない表情。それに、
「……やめろよ」
 記憶を追い払うように目を逸らすと、小さく「残念」と呟く声が聞こえた。
 その声に痛みが滲んでいた気がして、心がぎゅっと縮こまる。
 そんな声はズルい。
 思わず浮かんだ自分の考えに戸惑う。なんだ、ズルいって。
「あ!」
 そんな散漫な思考で歩いていると、急に同期が大きな声を出して立ち止まった。肩が震える。
「なんだよ急に」
「あれは?」
 指さすほうに目を向けると、駅からの人波が特定の方向に流れていくのが見えた。
 カップルが多い。赤、白、ピンク、紺、様々な色の、
「……浴衣?」
「祭りだ」
 近くにある大きな神社で、夏祭りがあるようだ。そういえばそんな時期だったとぼんやり思う。
 夏祭りなんていつ以来だろう。大学?高校?
「行かない?」
「ええ!?」
「え、面白そうじゃね?めっちゃ久しぶりだし。少なくとも大学以来だなー」
 口調はあくまで明るくて軽い。なんの含みも感じなくて、戸惑う自分がバカバカしくなる。
 ふたりきりの会議室。
 隙あらば浮かぶその光景を意識して打ち消して、流れていく楽しげなざわめきに目をやった。
「……行くか」
 やった、と笑う顔はいつもどおりだ。チャラくて華やかな笑顔。
 あの日からは、まだ何も変わってはいないのだ。

「わたあめー、たこ焼きー、チョコバナナー、あと……」
「いやそんな食う?綿あめはやめろよ絶対飽きるだろ」
「え、祭りなのに綿あめなし?」
「いや消費できるかが大前提……」
「てか綿あめたかっ、ええ……500円くらいなもんじゃねーの?」
「物価高……」
「世知辛い………」
 くだらないことを言い合いながら、人混みのなかを泳ぐように歩く。甘い匂い、ソースの匂い、子どもの歓声、射的の破裂音。あの風船がいい!という黄色い声。
 夏祭りだ。
「花火もあるって、20時から」
「おそっ、それまでいる気?」
「俺はいてもいいけど?」
 夕暮れはまだ遠く、それでも少しずつ鮮やかさを失って薄らぐ空。同期の瞳が、柔らかくなった夏の夕方の光を弾く。唇には笑みを浮かべたままで。
「……飽きたら、帰る」
 我ながら煮え切らない返事に、同期はふっと眉を下げて笑った。
「残念。一緒に見たかったけど、花火」
 その声はいつもどおり、明るくてチャラい。だから気にする必要はないはずなのに。
 どうしても目に浮かぶ、あの日のふたりきりの会議室。

「いや下手すぎるだろ……」
「そ……んなことないだろ、意外とこれ切れやすい……」
「貸してみろよ」
 俺から取り上げたこよりを静かに水に沈めて、同期はひょい、と風船を釣り上げる。鮮やかな赤。
「次はどれ?」
「え……ど、どれでも」
「じゃあこれ」
 ひょい、と次は紺色。あっけなく釣り上げた水風船を手に、華やかに、少年のように笑う顔。
「おそろじゃん」
「え?」
「模様」
 ほら、と差し出された水風船を見ると、確かに水流の模様が同じだ。
 紺と赤、ふたつの水風船。
「……いい年した男ふたりが、おそろで持つもんじゃねーな……」
 呟くと大きく破顔して、同期は「次は何する?」と楽しげに訊いた。

「花火まで、あと1時間」
「意外といられるもんだな」
「まず人混みのなか歩くだけでそれなりに時間食うしな」
 ちょっと休憩しないかと言われて、神社の石段を上がる。
 テキ屋は石段下の参拝路に集中しているから、石段を上がった先、本殿前は意外と静かだ。ちらほらと同じく休憩目的らしい家族連れやカップルもいるが、距離は遠い。
「ここから見えんのかな、花火」
「見えんじゃね?あ、でも木が…いや見えるか。でもそれならこれから混むのかな」
「わかんねーな。でも今静かならとりあえずいいか」
 並んで石段に座る。さすがに闇が降り始めた夏の夜。足元のテキ屋の軒明かり、くじ引きの景品のネオン、子どもの歓声、カップルや友人同士の笑い声。
 夏祭りだな、と思った。
「……さっき」
「え?」
「映画のポスター、何が気になったの?」
 前を見たままで、同期が呟くように言った。一拍置いて、映画館で見た一枚のポスターを思い出す。
 ミステリ小説の映画化作品。原作は斬新な設定と魅力的なキャラ、そして本格ミステリとしての評価も高く大ヒットした。俺も読んだが、面白かった。
 でも今、その作品について思い出すのは、ミステリの主題とは違うワンシーンだ。
「……ゾンビになっても、キスできるのかな、って思って」
「は?」
 同期が丸く目を見開いて俺を見る。我ながら急な一言だった。
「いや、原作のワンシーンで……ゾンビに喰い殺された人物が、なぜか顔面が大きく破損してるってシーンがあって。理由が、ゾンビになった恋人にキスをしたからだ、って」
 ゾンビになって自分に襲いかかってくる恋人。
 自分を喰おうとする、かつての面影を失った恋人に、それでも最後にキスをする。
 その行動があまりに衝撃的で、一番鮮明に覚えていた。
「あのシーンは映画にも入るかな、って思って」
 ゾンビになって自分に襲いかかる恋人。
 喰い殺された人物は、恋人の何を愛していたんだろう。
 面影も、理性も、記憶もない。もうかつてのようにはふれあえない。それを目の当たりにしてなお、キスの衝動を抑えられない。
 その想いは、何から生まれたんだろう?

「なんで、課長だったの」
 徐々に空と月の色が変わる。夏の夜が満ちていく。花火はまだ始まらない。
 温い闇に溶けるような、同期の声。
「知らない。目で追ってたこともわかってなかった」
 ある日、あの人が他人に向ける声を聞いた。甘く、優しく、愛しさに満ちた声。俺の名前を呼ぶ時とは全く違う声。
 そんな声、聞いたことない。そう思った自分に、俺が一番驚いた。
「俺は知ってたよ」
「え?」
「おまえが、ずっとあの人を見てたこと」
 同期の口元には薄い笑みが浮かんでいる。温い闇のなか、テキ屋の呼び声が遠く響く。
「……なんで」
「俺が、おまえを見てたから」
 祭りのざわめきを映す瞳。ちらちらと明かりが揺れる。声は静かだ。
 チャラくも明るくもない。なのに低くも冷たくもない。いつもとも、あの日とも違う声。
 そんな声、聞いたことない。
「なに、それ……」
 俺の言葉に唇の微笑をほんの少しだけ深めて、同期は黙って俺を見ている。
 ふたりきりの会議室。
  はぁ?いや、笑えない冗談…
 動揺した俺の言葉に、こいつは。
  …冗談じゃ、ないんだけど
 初めて聞く、低い声で。

 ドンッ

 突然頭上が明るくなって、直後に大きな音が響いた。パラパラパラ…と、傘を打つ雨のような音が続く。
「花火だ」
 華やかに笑って、同期はほら、と長い指で空を示す。手首に下げた水風船が、ぽちゃんと眠たげな水音を立てた。
 うん、と曖昧に頷いて、俺は同じように花火を見上げる。
 あの日から。
 俺たちはまだ、何も……
「ゾンビになってもキスできるかはわからないけど」
「え?」
 花火を見上げたまま、同期が呟くように言う。唇は微笑んだままで。
「ゾンビになってもキスしたいと思えるような日々だったのかな、ってのは、普通に羨ましい」
「喰われても?」
「喰われてもいいと思ったのか、喰われるってことを忘れたのかは知らないけど……どっちにしろ、壊れた現実より、幸せだった過去を選んだってことだろ」
 今、この瞬間よりも大切に思える過去。
 今はもうない時間に生きていた想い。
「極限状態で選ぶ対象になるくらい、幸せだったのかなーって」
 そう思ったら、羨ましい。
 そう呟く声が痛い。
「……ゾンビになったら、捨ててくれていいんだけどさ」
 低い声。温い闇に沈むような。
 ぽちゃん、と手首の水風船が揺れる。
「悩むかもしれない過去に、してもらえない?」
 この時間も。あの日の会議室も。

 空に光の華が咲く。
 小説のラストシーンが浮かぶ。壊れた現実を前に、主人公は過去を捨てきれない。そんな彼に伸ばされる手。
 
 あげない。彼は、私の…… 

「なら、ない。……悩むかもしれない過去には、まだ」
 俺の言葉に、同期はまじかと笑って呟く。肩から力が抜けて、水風船をぶら下げた手がだらんと石段に垂れた。
「玉砕かー、けっこう頑張ったんだけど俺。チャラかった?」
「そうじゃなくて」
 悩むかもしれない過去。それが俺にとってのものなら。
「足りなすぎる、おまえとの時間。……まだ、全然」
 え、と固まる端正な顔が花火に照らされる。
 ドーン、パラパラパラ……
 空を割る音が響く。
 あの日から、まだ俺たちは何も変わってはいなかった。
「今日から、考える……ことに、」
 してもいいか、と続けようとした声は、花火の音にかき消された。
 光の華のなかで、くしゃりと同期が笑う。
「うん、考えて。俺との時間。……ゾンビになったら、めちゃくちゃ悩むように」
 ぜんぶ覚えていたいような過去に、なれるように。
「俺も本気出すから」
 そう耳元で囁く声は低く甘い。

 そんな声、聞いたことない。

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