その違和感、本当は最後の通知だった。
左手の薬指を曲げた瞬間だった。
カクッ。
何かが引っかかる。
もう一度曲げる。
カクッ。
痛くはない。
でも明らかに何かがおかしい。
指だけじゃない。
手のひら。
腕。
肩。
肩甲骨の間。
全部が一本の線でつながっているみたいに重い。
しびれではない。
痛みでもない。
だけど分かる。
「あ、これ以上いったらちょっと危ないな」
昔の私なら気づかなかった。
気づく頃にはもっと痛くなっていた。
もっと無理していた。
もっと壊していた。
だから最初は思った。
少しは成長したのかもしれない。
ちゃんと違和感に気づけるようになった。
ちゃんと休む選択ができるようになった。
そう思った。
でも、その日の夜。
布団に入ってから、ふと違和感を感じた。
あれ?
本当に今日が最初だったっけ?
その瞬間、今月に入ってから何度も頭に浮かんでいたことを思い出した。
ヨガマットを出したい。
体を伸ばしたい。
体を整えたい。
理由はない。
どこも痛くない。
困ってもいない。
でも、なぜか何度も浮かんでくる。
不思議なくらい何度も。
だから私は却下した。
仕事がある。
納期がある。
子どものこともある。
今やるべきことは他にある。
そう思った。
一度だけヨガマットを出した。
気持ちよかった。
体も少し軽くなった。
でも、その後はまた畳んだ。
やっぱり今じゃない。
理由がないから。
優先順位を上げる理由がないから。
そして、そのまま過ごした。
だから私は最初、
手の違和感を「最初のサイン」だと思っていた。
でも違った。
今日やっと分かった。
薬指の引っかかりは最初のサインじゃなかった。
肩の重さも最初じゃなかった。
疲れも最初じゃなかった。
本当はもっと前から来ていた。
ヨガマットを出したかった。
体を伸ばしたかった。
なんとなく整えたかった。
説明できない。
根拠もない。
だけど何度も浮かんできた。
あの感覚。
私はずっと、
違和感が出てからが通知だと思っていた。
疲れが出たら休む。
痛くなったら止まる。
体調が悪くなったら見直す。
でも今回気づいた。
違った。
通知はもっと前に来ていた。
違和感は最初の通知じゃなかった。
むしろ最後の通知だった。
一通目は、
「なんかわからないけど気になる」
だった。
二通目は、
「なんかわからないけどやりたい」
だった。
三通目は、
「なんとなく体を整えたい」
だった。
それでも私は開かなかった。
理由がなかったから。
説明できなかったから。
だから体は、もっと分かりやすい形にした。
薬指が引っかかる。
肩が重くなる。
腕がだるくなる。
ようやく私が気づくレベルまで。
でも今は思う。
もしあの最初の感覚を信頼できていたら。
もし理由がないまま採用できていたら。
今回の違和感すら必要なかったのかもしれない。
私たちはつい、
理由があるものを優先する。
正しいから。
必要だから。
意味があるから。
役に立つから。
でも、本当に大事なサインは、
理由のない顔をしてやってくることがある。
なんかわからないけど気になる。
なんかわからないけど行きたい。
なんかわからないけど休みたい。
なんかわからないけど整えたい。
その時点では説明できない。
だから気まぐれに見える。
でも振り返ると分かる。
あれは気まぐれじゃなかった。
体は壊れる直前に教えてくれるわけじゃない。
もっと前から。
もっと静かに。
何度も何度も教えてくれている。
私が聞かなかっただけだった。
