【20世紀音楽の死物語⑨】ダイナ・ワシントン Dinah Washington

出生名:ルース・リー・ジョーンズ(Ruth Lee Jones)。1924年8月29日〜1963年12月14日。アメリカ・アラバマ州生まれのジャズ・シンガー、ブルース・シンガー。“ブルースの女王”(Queen of the Blues)と呼ばれた 。リズム感にすぐれ、声量豊かなソウルフルな歌唱で絶大なる人気を集めたが、過度の睡眠薬・痩せ薬・アルコール摂取がもとで63年に逝去。享年39。
この世には、結婚・離婚を繰り返す懲りない人たちが男女を問わずいる。男女二人で時間と空間を分かち合い、共生するのが結婚だが、結ばれては別れるを繰り返す背景には、一体何があるのか。人は誰でも完璧にあらず、結婚して毎日顔をつきあわせれば自然と相手の欠点が目立つようになるのが人間だが、そこから決裂を生む決定的な要素は性格か、金銭か、セックスか。「結婚・離婚を繰り返すのは、攻撃的で自己中心的な気質の持ち主」という説があるが、ひょっとしてあなたもそうだったのか、ダイナ・ワシントン?
ダイナ・ワシントンは8度の結婚をした。そのお相手はジャズマンに始まり、牧師の息子、俳優、フットボール選手等々と色とりどり。職業が変われば、生活の中身が変わる。ダイナは生涯歌手であることを通したから、日々の生活の中での互いのすれ違いが、結局は破綻の芽になったのか。あるいは、結婚相手以外にも数え切れないほどの愛人がいたというダイナは、ただ単に奔放でふしだらな女だったということか。その生涯はわずか39年で閉じられた。成人してから20年足らずの間に8回の結婚。多すぎる。「過剰」という言葉で形容するしかない。
その過剰さは、別の面にも見られる。ダイエットだ。
ゴスペル・シンガーだった母親の血を受け継いだダイナは15歳のときにアマチュアの歌のコンテストで優勝し、そこからゴスペルへ、R&Bへ、ジャズへと進んでいった人だが、それはステージに上がって「他人の視線を浴びる」生活が始まり、続いたことを意味する。マイクの前に立つとき、彼女は「自分がどう見られているか」を人一倍意識した。音楽の世界で一定の地位を得、収入が潤沢になってからのことだが、彼女のワードローブは毛皮のコートで埋め尽くされていたというエピソードがある。ステージに上がる際は、金髪のかつらをかぶり、ティアラを6つ付けていた。人に見られるという面において、彼女は大自意識家だった。その関心がダイエットに向かったのは、ある意味では自然なことだったろう。
ダイナはとりたてて太りじしではなかった。にもかかわらず、ほんの少し太めの腰回りを気にした。これをどうにかしようとして頼ったのは、薬だった。どのような薬だったのかは、いまとなってはわからない。だが、ダイナの全盛期だった1950年代、街にはあやしげな「痩せ薬」があふれていた。彼女が使ったのもその1つだったろう。服用はおよそ20年間、自身の死のときまで続いた。
ダイナの人間としての性格の核心部が、ここから透けて見える。何事かを本能的に目標と定め、徹底的に追求していく気質だ。
1つのことに徹底してこだわり、ゆるがせにしない性格は、ダイナの歌にはっきりと見られる。ジャズ史100年、名歌手と呼ばれる存在は多数あるが、それらの中にあってダイナ・ワシントンが飛び抜けているのは「集中力」だった。歌い始めたとたん、彼女は歌の世界に完全に没入する。このことは、記録として残されたレコードの数々が証明しているが、中でもそれをはっきりと証立てているのがスタジオ・ライブ録音の『Dinah Jams』(エマーシー)だろう。クリフォード・ブラウンやクラーク・テリーを従えたこの20時間あまりのマラソン・セッションではダイナが常に中心にいて、その女王ぶりが際立つが、わけても「カム・レイン・オア・カム・シャイン」。セカンド・ヴァース、ダイナが不意に力を倍加して声を放つと、客席がわっと沸き立つ。歌の主人公になりきった見事な感情表現であり、ジャズ・ヴォーカルの真髄がまさにここにある。
その集中ぶり、いや耽溺は、彼女の生き方の隅々にまで浸透していた。ことに、酒。1958年、ボルティモアのダウンタウンにあるクラブで、明け方、ダイナが居合わせた友人ともども逮捕されるという事件があった。彼女はそのクラブの出演者の1人だったが、店が閉まっても残って飲み続け、酒代の支払いを拒否して逮捕されたのだ。酒場では“女王の尊厳”は通用しなかったということだろう。
当然のことに、日々の生活の中でも、ダイナは酒と縁が切れなかった。酒を浴びるように飲んでは、ダイエットのための痩せ薬を服用する。これが20年余続いた。
1963年12月14日、結末がとうとう来た。過剰な酒とダイエットが、心臓発作を引き起こした。ダイナはあっけなく死んだ。そのとき、彼女の体重はわずか27kgだったといわれる。
