初めての海外体験が教えてくれた「異文化との出会い」
今回は、私が小学校6年生の時に初めて海外を体験したエピソードについてお話ししたいと思います。この経験が、今の私の人生観や異文化への興味の原点になっていると感じています。
アメリカに行くことになったきっかけ
私が初めて海外に行ったのは、12歳、小学校6年生の時です。父の姉(私にとってはおば)と兄の3人で、アメリカに住む親戚を訪ねる旅に出ました。両親は同行せず、初めて家族以外の人と海外に行く経験でした。
なぜアメリカに親戚がいるのかというと、父の4人兄弟姉妹のうち長姉がアメリカ人と結婚して現地に住んでいたからです。そのおばさんといとこたちに会いに行くのが旅の目的でした。
当時、私が「アメリカに行きたい!」と熱望した記憶は正直ありません。しかし、この旅に連れて行ってくれたおばや兄、そしてその環境を用意してくれた家族には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。この経験があったからこそ、異文化に対する興味や視野の広がりを得られたのだと思います。
ニューヨークと自由の女神の記憶
旅の中でも特に印象に残っているのはニューヨークです。12歳の私にとって、あの大都会は映画の世界そのものでした。そして何よりも心に刻まれているのが自由の女神を目にした瞬間です。その圧倒的なスケールと存在感に、ただただ圧倒されました。
この体験が、当時の私に直接「海外が好き」という感情を芽生えさせたわけではありませんが、「世界は広い」と自然に感じさせるきっかけにはなったと思います。
沖縄で育った私と「異文化」
私の生まれ育った沖縄は、米軍基地が生活の一部に溶け込んでいる環境です。親戚の中には米軍関係者と結婚した人もいますし、従兄弟にはハーフの子どももいます。そのため、「異文化」は特別なものではなく、生活に当たり前のように存在していました。
もちろん、米軍基地については沖縄でも賛否両論があります。ただ、私自身の視点では、基地の存在が生む雇用や経済的な影響も事実であり、それを支えに生活している人たちがいるのも現実です。これらの複雑な事情を抱える沖縄という土地で育ったことで、「異文化」に対して自然と親しみを感じるようになったのかもしれません。
異文化に興味を持つようになったきっかけ
アメリカでの体験が直接的に私の人生の目標を変えたわけではありませんが、その後の私の歩みに少なからず影響を与えました。たとえば、中学で英語を学ぶようになったとき、他の教科と比べて苦手意識が少なかったことを覚えています。
さらに、中学校の社会の授業でASEAN(東南アジア諸国連合)の協定について学んだとき、なぜか心が躍ったことを今でも覚えています。当時の私は、「国をまたいで貿易やビジネスをする」という言葉に憧れを抱き、将来の夢を「多国籍企業の社長になること」と書きました。その頃の考えは幼く、現実的ではないものでしたが、異文化に対する興味は間違いなくそこから芽生えたと思います。
今の私とこれから
あれから約10年。現在の私は20カ国渡航、6カ国での就労経験を積んできました。12歳の頃に見た自由の女神が、私にとって異文化への関心を持つ最初の扉だったのだと思います。今、私はまだ「多国籍企業の社長」という夢に到達してはいませんが、この経験を活かし、少しでもその目標に近づけるよう成長を続けています。
次回は東南アジア編!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!今回の記事を通して、少しでも興味を持っていただけたら幸いです。質問や知りたいことがあれば、ぜひコメントで教えてください。次回は、私がバックパッカーとして東南アジアを旅したエピソードをお話ししたいと思います。お楽しみに
