先輩をウクレレで泣かした夜
「グミちゃんみたいになりたい」と私の名を呼んでくれた人がいた。
女子寮の先輩・美津子さん。
大学1年生のとき同室で、ずっと一緒に過ごした人。
私は恋がわからない人間だ。
男女問わず、恋の熱が沸き起こらない。
でも美津子さんとは、ものすごく仲良くなれた。
私にとって仲良しは通過点ではない。
仲良しこそが最高到達点だから。

大学入学式の5日前、女子寮に引っ越した。丘の上に建っていて、玄関にたどり着くまでにものすごく急な坂がある。入寮面接に行ったときは、大雪であたりが真っ白だったのに、今は大きな桜がピンクのトンネルを作っていた。持っていくのは服とわずかな本くらい。段ボール2箱の荷物を抱えて私の新生活がスタートした。
寮には、部屋長と部屋子という師弟関係の様なものがあった。
私の部屋長が美津子さん。経済学部の2年生。
「おばあちゃんみたいな名前だよね」と本人はいうけど、グラビアアイドルみたいにスタイルがいい人だった。茶髪とタイトなニットのまさに大学生な容姿が眩しい。
「絶対大学生デビューしよう!!」
「どうせ高校で勉強ばっかしてたでしょ? まずは入学式が大事だから!」
そんなわけで、眉毛を整えるところから始まるメイク講座、大阪の梅田まで服を買いに行くツアーなどやることだらけだった。寮歌と学歌と応援歌の3曲を完璧に覚えるテストもあった。飲み会のマナー講座も。
一緒にご飯に行くときは必ず先輩が奢って、私はお店の外で会計が終わるのを待つ。そして「ごちそうさまでした」とお辞儀しながら大きな声で挨拶する。バリバリ体育会系な上下関係!

寮にはすごく気持ちいい屋上があった。
持ってきた荷物にウクレレを入れていたら、美津子さんに「弾いて~」とお願いされたので、自己紹介がてらそこで歌う。春風にはためく洗濯物の向こうに大学と遠くに大都会梅田が見えた。明日から建築学科の授業が始まる。

美津子さんと一緒に生活すると、彼女のいい人ぶりがしみじみわかった。ブーツはリペアに出してよいものを長く履くし、節約のためにパン屋さんで働き飢えた後輩にも恵みのパンを与えてくれた。自分で作った麦茶も常飲。
見た目の華やかさに対してすごく堅実な人だ。
私はその横で大変マイペースに暮らしていたので、よくつっこまれていた。設計課題のため製図室に通い出してからは、平日でも門限破るし。レイトショー観るために梅田の街をフラフラしてるし。疲れて帰ってきて、ズボンを脱いだままにしてたら、よく笑われた。
でも美津子さんは自分が不甲斐ないダメな人間だって何度もいうのだ。こんなにしっかりしてるのに!!!
妹と弟がいるのに受験失敗して一浪、しかも家を出ている。学費がかかりすぎている。お父さんと同じようにどこかのメガバンクに就職したいと思ってるけど、それもどうなるかわかんない。
自分には絶対年上のどっしり構えた彼氏が必要だとよく語ってくれた。
浪人するってこういうことなのか……。
私はAO入試で大学に潜り込んだので、全く知らない世界だった。同級生にも浪人生はいたけど、美津子さんほど追い詰められてない。「家族に迷惑かけてる」なんて言葉、真っ先に出てこない……。
素直にすごいと思った。
私にはできないことと全力で戦っている。だから弱気な彼女の前にいると、見えていること全てをそのまま伝えたくなる。
「浪人中っておそらく、勉強以外のことした瞬間に罪悪感に襲われるでしょう? 楽しいことが全部罪みたいに感じる。しかも学生っていうラベルもないから"勉強すること"でしか自分のアイデンティティが示せない。その重圧に耐えられなくて私だったら逃げちゃいます」
「……グミちゃんは部活の成果で現役合格してるじゃん、そっちのほうがえらいよ」
「浪人のほうが私には無理なんですよ。特技で押し切ることしか能がないから。真面目にコツコツが1番苦手。美津子さんは家族のこと考えながら、一家のお姉ちゃんという重責を抱えて試験頑張ったんでしょう?」
「……」
「自分の弱さを知っている人が、本当に強い人なんですよ」
私はいつも、美津子さんが眩しかった。弱さを素直に言語化して伝えることができるから。
一方の私はカッコつけて、得意なことしか言わない。みんなができて当たり前の数学の単位を落としそうなことは相談しない……。その見栄に何の意味があるのだろう。
こんな"後藤グミ"に向かって美津子さんはいうのだ。
「……とにかく私はしっかりしたいの!
グミちゃんみたいに。グミちゃんになりたいなあ」
えーー!!
私に……なりたい?!?!
年下に対してこんな発言できる素直さに、心から驚く。私ならそんなことプライドが邪魔して絶対言えない。
「私は美津子さんのそのままを伝えてるだけですよ?」
「……やりたいことわかってて、ちゃんと自分で考えてるもん。徹夜でボロボロなのに、建築すごく楽しそう」
「ありがとうございます、でも……門限守らない不良娘で、メール返信遅くて、ズボン脱ぎっぱなしですよ?」
「……それはダメ!笑」
「ほら〜」
「わははは」

美津子さんとご飯に行く時、なぜか移動が自転車二人乗りだった。
「高ーい学費払ってるから大学では限界まで青春満喫するの! だから、二人乗り!」というロジックで、私が荷台に座ったら、ゆっくり自転車は走り出す。
大学前のカフェで、ジョッキにチーズケーキが刺さったでかいパフェを食べる。ひとりじゃ食べきれない二人専用パフェ。どう攻略するか考えるけど、結局ケーキがこぼれる。でもそれが楽しい。
帰りも当然二人乗りで夜の住宅街を駆け抜ける。
私はハンドルじゃなく、美津子さんのウエストに手を回しているから、不安定でふわふわする。でも美津子さんが笑った時、声だけじゃなく横隔膜の振動まで伝わってくる。
「わはは」を体全部で感じられる。
その不思議な一体感がとても好きだった。

美津子さんと私
美津子さんは恋がわかる人だ。
同じ合気道部の男の子を好きになって、その人にどうアプローチすればいいのか、ずっと考えていた。苦しくも楽しそうに恋の話をする先輩は可愛い。我々のベッドの間にはロールカーテンがあって仕切りができる。そのカーテン越しに「グミちゃんまだ起きてる?」から始まる恋バナをゆっくりと聞く。
美津子さんはここでも自信喪失していた。でも、そうなってしまう気持ちわかるかも……と、私は初めて告白する側のリアルを知った。
結局相手のことなんてわからないのだ。どう思ってるか、これは脈アリなのか? 最終的には相手に尋ねてみるしかない。でもぐるぐる脈アリなのかを探っているうちに、好きの熱量にどんどん差ができて美津子さんばかりがしんどくなる。しんどくなると今までできた自然な振る舞いが意識しすぎて出来なくなる。まさに負のスパイラル。そして最後に「告白しかない!!」って爆発するのだなあ。
だから私は美津子さんのよさをまた、ゆっくり考えた。彼にどう届けば嬉しいのだろう。美津子さんが最高な人なのは間違いないのだが、恋というフィールドにおいて素直さはどのくらい通用するのだろう。そして難しいことに「好き」は相手に強要できるものではない。
それは美津子さんも理解していて、これは自分のためにやる告白なんだと覚悟を決めていた。
ああ、優しい人だなあ。
心で暴れ回る嵐より、まずは相手のことを考えている。
だから、
「美津子さんのよさって、その誠実さですよ」
と答えた。
どこまでもまっすぐで嘘がなくて、優しい。それですって。
「自分だから知ってるその人のいいところを1つだけ伝えて、『好き』って言えたら十分な気がします。相手は美津子さんの誠実さを感じ取って……心にグッとくる告白になるはず。少なくともその言葉は、ずっと覚えててくれますよ」
告白した結果はダメだった。
泣きじゃくる美津子さんになんて声をかけていいかわからなくて、ゆっくりハグした。彼女は好きな人に言葉を尽くしたんだから、これ以上しゃべる必要はないのだ。
ここで相手を悪く言わないのが美津子さんのいいところなんだよな。
彼女が一生懸命に頑張ったことを私は知っている。それさえ伝わればいい。
恋愛文脈じゃないハグができる関係でよかった。
ひとしきり慰めたあと、美津子さんが急に
「なんかウクレレ弾いて」と無茶振りしてきた。
えーーーっ!
今ですか?!
まさか出動要請がかかるとは!
弦のチューニングをしながら、選曲が全然わからない。美津子さんにきいても「なんでもいいの!」としか返ってこないし。私もテンパってきて、何も考えず、アルバムの1曲目をウクレレで歌った。
そしたらこれが、バリッバリの失恋ソングだったのである!!!
君にありがとう
君にありがとう言わなくちゃ
今やっと僕は 君にさよならできる
歌いながら、歌詞のヤバさに「わー」となる。
美津子さんの目もウルウルしだす。
でも、途中で止めるのもダメな気がして、でも歌詞がヤバくて、どうしたらいいかわかんなくなる。わかんないとき、いつも全力に舵を切ってしまう習性で、より歌い上げてしまう。
曲が終わったとき、泣き笑いする美津子さんから
「早すぎるんだけど!!!!!」
と真っ先にクレームが入った。
「ですよね!!!本当にすみません!!」
私も感情がぐちゃぐちゃになって、涙が出る。
深夜に美津子さんが"好きな人がいる"と打ち明けてくれたこと。
嬉しそうに彼のかっこよさを話すこと。
"好き"は突然訪れて、心をめちゃくちゃにすると知れたこと。
彼女はそれにまっすぐ向き合ったこと……。
美津子さんが教えてくれた、美津子さんの恋が、私に全部突き刺さる。
「私、ついさっき振られたんだけど!!!」
抱き合いながら、二人で泣いた。
部屋の真ん中で、一緒に泣いた。
でも、この状況がなんだかおかしくなってきて、だんだん笑いが込み上げてくる。
ふふふふ……
選曲は大幅に間違えた。
曲で人を泣かせてしまったのだから。
でも、つじあやの「君にありがとう」はすごくいい曲だった。

私は恋がわからないけど、誠実さが大好きだ。恋の眼差しはスルーしても、誠実さレーダーは備わっていて、それを感知するとこちらも同じかそれ以上の誠実を返したくなる。
美津子さんとはまさに、その誠実キャッチボールを暮らしながら続けることができた。素直になりすぎてしまう美津子さんの「業」が私は心底好きで、その輝きを下手なモテテクニックや世間一般の「よいとされるもの」に変えられたくなかった。
美津子さんをみてると自分が苦手な「素直になること」の大切さを思い出す。状況が悪くなると一人で抱える最悪なクセを、美津子さんは解きほぐしてくれた。
泣いてる彼女をハグして慰めているようで、実は私の方が美津子さんから生きる姿勢を教えてもらっていたのである。
恋人とも、友人とも違う"美津子さん"としか形容できない、
我々だけの関係。
私も美津子さんになりたかったのだ。
その後、美津子さんはすてきな彼氏を見つけて、スーパーハッピーになった。
「美津子さんのよさがやっと世界に伝わった! 遅すぎるくらいですよ」
と笑ってお祝いしたのを覚えている。付き合わなくても幸せならそれでいいんだけど、彼女のよさを別の角度で知る人ができてよかったなという気持ちになった。
ありがとう美津子さん。
同じ部屋に暮らせた日々は、本当に輝いていましたよ!!!

美津子さん手作りのクッキーが添えられていました
当時いかにメール返信遅かったかが示されてますね
先輩にフルネームでこんな宛名を書かせるなんて……笑
裏面は二人のひみつ
本当に本当に愛のある手紙でした

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