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幸せの免罪符を小脇に抱えて。私たちがアイコンに感じる「むかつき」の正体。

  LINEの友だちリストをスクロールするたび、胸の奥がチリリと逆立つ。自撮り写真の、そのすぐ横。あたかも「おまけ」のように、あるいは「勲章」のように添えられた、小さな孫の姿。この「自分と、その横に写るもの」の構図を目にした瞬間、私は言葉にできない猛烈な不快感を抱くのだ。単なる孫のピン写真よりも、タチが悪い。

 なぜこれほどまでに、むかつくのか。それは「自分自身の価値」の底上げに、無垢な子供をダシに使っているのが透けて見えるからだ。「私はただのシニアじゃない、こんなに可愛い孫に恵まれた、満ち足りた人間なのよ」という強烈な自己演出。自尊心のドレスアップに子供を利用するその浅ましさに、私たちは本能的なグロテスクさを嗅ぎ取ってしまう。

 しかも、今は歴史的な少子化の時代だ。誰もがさまざまな事情を抱え、選択をし、あるいは傷つきながら生きている。そんな張り詰めた社会において、チャットの背景という逃げ場のないプライベート空間に「直系の繁栄」をぬけぬけと突きつける行為は、配慮を欠いた「暴力」にほかならない。悪気がないからこそ、タチが悪い。それは「幸せの基準」の押し付けであり、受け手に対する無言の審判なのだ。

 アイコンの向こうにいる「あなた」と、ただフラットに話したいだけなのに。その横に添えられたプライベートの肥大化は、友人関係のなかに決定的な断絶を生む。かつての友が、いつの間にか「幸せを誇示するためだけのモンスター」に変貌していく哀しさ。私たちが本当に見たいのは、誰かの「血のつながりの誇らしさ」などではなく、一人の友人としての、凛とした佇まいなのだ。

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