赦しの構造――善意が裏切りに変わる瞬間

人に不義理された時は、たとえ不快に思っていなくても簡単には許さない方が良いのかもしれない。

これは、貸したお金を返してもらう時に恨まれる現象に似ている。

不思議だけど、人間は恩と負債を混同する。

何の気なしに、人を許した結果、

関係性は、イーブンに戻るのかと思いきや

実はそうではない。

それは、許された側の「このラインまでなら許してもらえる」という侵略の爪痕になる。

俺は許していたつもりでも

それは、関係性の放棄だった。

俺は怠惰だったのだ。

相手から見れば、俺は裏切り者でしかない。

突然変わってしまったのは、俺の方だからだ。

人を許すというのは、相手の罪を消すことではなく、関係の再設計を引き受けること。


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