生態系に触れるということ──ハブとマングース、ワカメとヒアリの寓話
序章|「よかれと思って」始まった破壊
自然に介入することは、いつも「良かれと思って」始まる。
だが、その“良かれ”の背後にあるのは、単純すぎる構造理解と、過信された制御欲だ。
ここに3つの話がある:
• 沖縄に持ち込まれたマングース
• 世界中で増え続ける日本産のワカメ
• 一時期大騒ぎされたヒアリの、謎の沈黙
どれも“ちょっとしたこと”に見えるが、そこには、人間の想像力の限界と責任の不在が映っている。
第1話|ハブを駆除せよ──そして、マングースがやってきた
沖縄の毒蛇ハブ。
人々の安全のために、その脅威を抑える手段としてマングースが導入された。
肉食で俊敏なマングースなら、ハブを捕食する
──そのはずだった。
だが実際には、
• ハブは夜行性、マングースは昼行性
• 出会わない
• 代わりに、マングースは希少な在来種(ヤンバルクイナなど)を食い荒らした
結果、ハブは減らず、別の生態系が破壊された。
これは、「敵に対して別の敵をぶつける」という単純な発想が、
“敵なき支配”を生むプロセスを示している。
第2話|ワカメは、なぜ世界中に?
一方、海の中では静かに、しかし確実に、“日本原産のワカメ”が世界中を覆っている。
• 発端は貨物船のバラスト水(船の安定のために入れる海水)に混ざった胞子
• 外国の海に放たれ、現地種を圧倒して増殖
• 南米、ヨーロッパ、ニュージーランドに至るまで“日本産ワカメの侵略”が進行中
おかしいのは、それを「外来種問題」と呼ぶのが、日本ではほとんど報道されないことだ。
なぜなら、自国の種が加害者になることは、「想定されていなかった」からである。
これは「ワカメ無罪論」ではない。
むしろ、「人間が運んだ生命の重さを、誰も責任取っていない」という事実が問題なのだ。
第3話|ヒアリはどこに消えた?
数年前、日本中を恐怖させた「ヒアリ騒動」。
中国からの貨物に紛れ、日本各地の港で発見され、猛毒・死に至る危険と報道された。
だが──
あれほど騒がれたヒアリは、今どこにいる?
• 検出はされているが、被害は激減
• 繁殖は進んでいるが、騒がれない
• 対策は進んだかもしれないが、“社会的関心”は消えた
この現象が語っているのは、「生態系への関心が感情の流行で支配されている」という事実だ。
ヒアリは消えていない。
私たちの関心の外に移動しただけだ。
結|人間が“生態系の一部”であることを忘れるとき
ハブとマングースの話は、制御不能性を。
ワカメの話は、加害の盲点を。
ヒアリの話は、感情的忘却と政治的操作を。
それぞれ異なる角度から、生態倫理の脆さを浮かび上がらせる。
人間は「自然の外」から介入していると錯覚する。
だが、実際には私たち自身が「生態系の一部として干渉し続けている」。
その“干渉”に、意味と責任と想像力が伴わなければ、
それはただの“破壊”になる。
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