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毒親育ち、怒っていい!毒親育ちが怒れないわけ

うすうす気がついていたんだけど、、、、

わたし怒れないんだよね



「エ!?」って思ったり、「ムッ」としたり、「モヤモヤ」したり、「イライラ」することはもちろんある。なんなら人よりも多いかもしれない。

でもそれを「怒り」として適切に拾い上げることができないんだよね。


「なんだかな〜」でその場は終わってしまって、それが「怒り」として輪郭を帯びるのはそのずっとあとなんだ。ものすごい時間差で「怒り」がくるから、今さらどうすることもできない。
「なんであのとき、あの瞬間に言えなかったのだろう?」という後悔とともに地団駄を踏んで終わり。そうやって怒りは適切に処理されることなく、解放されることなく、わたしのからだの内側にずっと燻っていたんだよね。


なぜわたしはこんなふうに「怒り」をその瞬間、その場でキャッチすることができないのだろう?

それもやっぱり毒親育ちの後遺症なんだよね・・・・


わたしたち毒親育ちは、親の怒りに晒されて生きてきた人が多い。
親が未熟で、親自身が感情をコントロールすることができなかった。暴言や暴力、はたまた不機嫌や無視を使って、わたしたちは親にコントロールされてきた。

そんな仕打ちを受けたら、子どもだって「怒り」を感じて当然だよね。

でも毒親育ちのわたしたちは、どれだけ理不尽な目に遭っても「怒り」を表現することを許されていなかった。

なぜなら毒親はとても未熟で、子どもの感情を受け止めることができないから。

子どもの「怒り」を恐怖に感じて、さらに強い怒りで制圧してしまう。もしくは無視する。

はたまた怒りに翻弄される親を見てきて、「怒り」とは悪いもので、絶対に表に出してはいけないものなんだと学ぶ。

そうやって「怒り」に翻弄される親を軽蔑しながら生きてきたわたしたちは、「怒る」ことができなくなる。

「怒り」はとても悪いもので、絶対に表に出してはならないものなのだと胸に刻んで大人になる。



だからわたしたちは怒れない。
大人になって、どんなに理不尽な目にあっても、失礼な態度を取られたり馬鹿にされたりしても、ヘラヘラ笑ってその場をやり過ごしてしまう。
自分が侮辱されることよりも、その場に波風を立てることを何よりも恐れる。

そんなふうに生きていると、わたしたちの周りにはろくでもない人間が集まってくる。わたしたちを軽く扱う人たち。

そんな人たちと離れるためにも、わたしたちは「怒り」と上手に付き合う方法を学んでいかなければならない。


その方法とは、、、

〈この先に含まれる内容〉
⚫︎怒りの持つ意味 
⚫︎怒りに許可を与える方法
⚫︎怒りの取り扱いについて

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