noteを書くのは癒しになる
まいにちnoteを更新してみて実感していることがある。
それは「書くことは癒しになる」ということ
わたしたちは
「分かってほしい」「認めてほしい」
「つながり合いたい」「愛してほしい」
こんな根源的な望みを持っている。
それを目の前にいる相手に押し付けているときは、相手が自分の思うよう動いてくれなくて落胆したり失望いたり絶望したりする。
「なんで分かってくれないんだー!」って悲劇のヒロインになったりする。
でもそれは当たり前なんよね。
他人は自分が思うとおりに動いてくれるわけがない。
それにわたしたちだって実はじぶんが本当はなにを望んでいるのか分かっていなかったりする。
相手の行動にムカついているようで、実は幼いころにからだに閉じ込めてくすぶっている感情が暴れていることだってある。
相手の行動に触発されて表面的に怒ったり拗ねたりしているけれど、その裏にある本当のじぶんの気持ち、本当の感情、本当の望みには気づいていなかったりする。
それなのに相手には自分の欲求を満たしてほしいと望んでいる。
そんなの分かるわけないよね。
自分が自分を理解している以上に、他人が自分を理解してくれるわけがないんだよ。
そんなわたしたちがまずやるべきことは
じぶんがじぶんを理解すること
これなんだ。
じっさいに書いてみたら驚くと思う。わたしたちは自分の気持ちなんて当然分かってると思い込んでいるけれど、実のところあまり分かっていない。
誰にでも理解できるように分かりやすく文章にしていくことは、自分自身を探究することになる。
え?わたしそんなふうに思ってたんだ!
でもそれはなぜ?うーん、もしかしてあのことが影響してる???
あれ?なんか他人のせいだと思ってたけど、これ自分のせいかも??
てゆうかなんかぜんぶぜんぶ自分が創りだしていたのかも〜〜〜〜〜〜!!!??
なんてふうに、気づきがどんどん深まっていくんだ。
書くまえには想像もしていなかった結末にたどり着くことも日常茶飯事。
それを繰り返していくことで、自分の気持ちが見えてくる。
自分はあのときこう感じて、こう考えて、だから今こうなんだ。
でも本当はこうしてほしかった、こうしたかった。
それなのに幼いころからの思い込みの影響で自分でこっちを選んでいた。
じぶんでじぶんを不幸にするほうを選んでた。
わたしはいったいいつまでこんな思い込み大切に抱えてるんだ!?
よし、もう捨ててしまおう。
わたしはわたしの人生を生きるんだ!
そんなふうに自分の人生に責任をとれるようになってくるし、これからの生き方を自分で選ぶ決意が固まってくる。
書けば書くほど、過去は癒されて、本来の自分の輪郭がはっきりと見えてくる。
これからは本来のわたしで生きるんだと覚悟が決まってくる。
だから今モヤモヤとして漠然とした不安に悩まされている人がいたら、とにかく書くことをオススメする。
下手でもいい。誰にも見せなくてもいい。
とりあえず書いて書いて書きまくる。
最初はうまく書けないし、自分の気持ちが分からない。
でも続けていくうちに、自分の内側とのアクセスが容易になってくる。
自分とのつながりが太くなってきて絆が深まってくる。
だんだん自分のことを分かってきて、自分を認められるようになってきて、自分の内側とつながりができて、気づいたら自分のことを愛するようになっている。
そう。
わたしたちが他人に対して思っていた
「分かってほしい」「認めてほしい」
「つながり合いたい」「愛してほしい」
という願いは、本当は自分に対して思っていた願いだったんだ。
自分が自分のことを分かってあげて、自分が自分のことを認めてあげて、自分が自分とのつながりをしっかりと持ち、自分が自分のことを愛してあげたら、もうそのときには他人に求めることってなくなってくる。
わたしたちは自分の内側にあるものを外側に投影しているんだ。
他人に対して求めているものは、実は自分に対して求めているものだった。
それが腹に落ちてくる。
そうやって自分の願いが自分の内側の世界で完結してくると、外側も自然と変わってくる。
だからもし他人を変えたいと思うなら、まずは自分のことを書いてみるといい。
自分が自分のいちばんの理解者になれたとき、きっと世界は変わるよ。
文章を書くの、オススメです!
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