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外資に行けば、もう少しまともな世界があると思っていたぜ

28歳で総合商社を辞めた。

終わりの見えない稟議。 契約交渉。 飲み会。 財務管理。 大人数会議。

目の前には膨大な仕事がある。

けれど、その先にいる顧客の顔が見えなかった。

自分の仕事が誰かの生活にどう繋がっているのかも分からなかった。

商社は素晴らしい会社だった。 優秀な人もたくさんいた。

ただ、私には向いていなかった。

もっと顧客の近くで働きたかった。 もっと市場に触れたかった。 もっと、自分で考え、自分で責任を持つ仕事がしたかった。

隣の芝はいつだって青い。

それでも私には一つ信条があった。

経験していないことについて、分かったような顔はしない。

人生は長い。 勝負どころは40歳くらいで決めればいい。

そう思っていたから、年収が下がることも気にならなかった。

周囲はコンサルや投資銀行に進んでいった。

けれど私は、リテールやマーケティング、プロダクト開発に惹かれた。

綺麗な言葉で言えば「顧客起点」。

もっと正直に言えば、

ただ一度、自分の手で市場と向き合ってみたかった。


転職は正解だった。

商社では巨大案件の歯車だった。

扱う金額は大きい。 世界中の相手と仕事もする。

だがどこかで「処理」だった。

一方で外資では違った。

若くても、

「このプロダクトをどうする?」

「このサービスの収支をどう改善する?」

「何を捨て、何に投資する?」

そんな問いを突然渡される。

金額は小さくなる。

だが責任は重くなる。

自分の頭で考えなければならない。

それは面白かった。

少なくとも、私は好きだった。


ただ、何年かすると気づく。

世界は変わっても、人間はあまり変わらない。

外資に行けばもっと合理的な世界があると思っていた。

政治は少ないと思っていた。 感情論も減ると思っていた。

だが違った。

政治はあった。

権力闘争もあった。

保身もあった。

場合によっては、日本企業より洗練されている分だけ見えにくかった。

特に驚いたのは、経営層の姿だった。

若い私は勝手に期待していた。

上に行けば、もっと賢い人がいる。

もっと人格者がいる。

もっと合理的な世界がある。

そう信じていた。

実際には違った。

もちろん素晴らしい経営者もいた。

だが一方で、

評価を恐れ、 立場を守り、 本社の顔色をうかがい、

私たちと大して変わらない人たちもいた。

むしろ権力がある分だけ、その未熟さが組織全体に影響してしまうこともあった。

辞めていく人を見た。

病んでいく人を見た。

理不尽な扱いを受ける人も見た。

正直、腹も立った。


今になって思う。

一番ショックだったのは、彼らが特別ひどい人間だったことではない。

私が勝手に期待し過ぎていたことだ。

田舎で育った私は、

どこかで、

「上にはもっとまともな人がいる」

と思っていた。

早稲田に行けば。

商社に入れば。

外資に転職すれば。

もっと優秀で、 もっと人格者で、 もっと合理的な人たちがいると思っていた。

いなかった。

いや、いた。

でも期待したほど多くはなかった。

結局どこに行っても、人間は人間だった。


最近は少しだけ気が楽になった。

世界が思ったほど立派ではないと知ったからだ。

同時に、自分自身もまた大した人間ではないと知ったからだ。

失望はした。

でも絶望はしていない。

むしろ次の目標が見えた。

私は、人を腐らせる仕組みが嫌いだ。

肩書や権力が人間を歪ませる構造が嫌いだ。

だから残りの人生では、そうした構造にできるだけ抗いたいと思っている。

サラリーマン組織を否定したいわけではない。

ただ、組織に飲み込まれ、「仕方がない」という言葉で思考停止することを拒否したい。

誰かが理不尽な目に遭ったとき。

おかしいことがおかしいと言えなくなったとき。

そのときには、せめて小さくても明確な"No"を示したい。

できれば大きく、広くNoを示したい。

沈黙は、ときに加担だからだ。

そして私は、この経験のあと、自分自身に一つ決めていることがある。

泣き寝入りをしないこと。

自分自身のことでも、大切な人のことでも。

間違っていると思ったなら、できる限り言葉にすること。

世に問うこと。

もちろん感情だけで振り回すつもりはない。

事実を集め、考え、伝える。

それでもなお沈黙を求められるなら、その沈黙には従わない。

少なくとも、私はそう生きたい。そして、実際にこの後はそう生きるようにしてきた。それらの事例はまた共有する。


人間は案外しょうもない。

だからこそ、ときどき見せる誠実さや勇気がうれしい。

合理だけでは説明できない。

かといって感情だけでも生きられない。

今日も私は、そのあいだを歩いている。

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