大人は甘えたくなったらどうするの?
自宅から徒歩で行ける距離に、ハイテクな歯科医院ができた。
鳥貴族も銀だこもないこの片田舎に、ガラス張りのイカした歯専門店が舞い降りたのだ。
普段、定期検診に行っている歯科医院に不満はないけれど、やはり、行ってみたい。
歯を見てほしいというより、ガラス張りの建物に入ってみたいという己の中の欲に気がついたのも束の間。
予約完了のメールが届いていた。
拝啓、かかりつけ歯科医さま。
アーバンなデンタルクリニックに浮かれる、節操のない私をお許しください。
ということで、田舎者だとバレないように、自分が持つ一番シティっぽい格好で、噂の歯科医院に向かった。
しかし、到着してすぐ、ガラスの向こうに見えたロビーの光景に、不安が押し寄せてきた。
待っていたのは、小さな子どもたちと、その付き添いらしき大人だけだったのだ。
しっかりと確認していなかったが、もしかしてここは、小児歯科だったりするのか?
おそるおそる建物に入り、「こんにちは〜」と煌びやかな微笑みをむけてくれた受付のお姉さんに、声をかけた。
「あの…予約をとったひとりの大人なのですが、問題ありませんか?」
私の不安そうな顔を見たお姉さんは、一瞬視線を泳がせた後、「ああ」と何かを察したように頷いた。
「お子さまが多いですが、大人の方でも大丈夫ですよ」
アーバンに浮かされ、張り切った服装で小児歯科に単身乗り込む田舎者の大人、という恥ずかしい話にならなくて本当に良かった。
予約の時間になり案内されたのは、ドア付きの個室。部屋ごとにエアコンやモニター、防犯カメラまで付いていた。
ここに住みたい。
数分待っていると、先生がやってきて、まずは軽く全体を見てみましょうね、ということになった。
ウィーンと椅子が倒れ、完璧なタイミングで目元にタオルをかけられる。
「はーい、お口開けてね〜。あ、そぉんなに大きく開けなくて大丈夫だよ〜」
・・・。
「力抜いていいよ〜怖がらなくて大丈夫だよ〜。ちょっと見るだけだからね〜。上手だねぇ。うんうん。綺麗に磨けてるねぇ。えらいね〜」
やはり。ここは大人禁制なのでは?
「大丈夫だよ〜えらいねぇ。お顔こっち向けるかな?そうそう、じょうずだねぇ」
まさか、口を開けているだけでこんなに褒められるとは。おそらく今私は、生きてきた中で最も褒められているのではないだろうか。
その心地よい先生の声が、次第に記憶を呼び起こす催眠導入のように働き、数ヶ月前に市役所へ行ったときの記憶が蘇ってきた。
受付を待っている間、隣に座る小学校中学年くらいの少女が、母親に話しかけているのが聞こえてきた。
「ママってなんで誰にも甘えないの?パパも甘えないよね。大人って甘えたくなったらどうするの?」
母親は少し間をあけて、「大人は甘えたくならないんだよ。甘やかしてくれる人もいないしね」と答えた。
その返答を聞いて、「え〜大人になりたくないなぁ」と嘆いていた少女よ。
今更ながら、その隣で聞いていた大人として答えたい。
大人も甘えたくなることはある。
そして私は今、大人を甘やかしてくれる人を、歯医者さんで見つけたよ。
「はーい。お口閉じていいよ〜ぶくぶくできるかな〜?」
でも先生、さすがにちっぴり恥ずかしいや。
オレってば、アラサーなんだってばよ。
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ここまで読んでくださりありがとうございます!とってもうれしいです...‼︎