赤ちゃんは、ただそこにいるだけで完璧だった
こんにちは、とふうです。
なにか新しいことに挑戦をしたとき、うまくいかずに悩んでしまう・・・私はそう感じることが多いのですが、そんなときに思い出すことがあります。
赤ちゃんは完璧だ
というお話です。
もちろん、赤ちゃんは一人じゃ何もできません。ご飯も食べれないし、トイレもできない。
でも。ここからぜんぶ始まるんだなという圧倒的な可能性を体中からはなっています。
初めて、赤ちゃんを目の当たりにしたとき、私は「可能性しかない」と感じたのです。
小学生になる子どもが、生まれたときのことは今もよく覚えています。
その日は仕事中でしたが、昼ごはんを食べているときに電話がなりました。なんとその日の午後に産まれそう!とのこと。ご飯もそこそこに、急いで病院へと向かいました。
病院に着いたのは14時頃でした。病室へいくと、妻が苦しそうにしていました。看護師さんに教えてもらったとおり、背中をさすったり、テニスボールでさすったりなどしました。
先生や複数いた看護師さんは、他の対応もあるので、別の部屋へ行くことも多く、ちょこちょこ様子を見に来てはくれるのですが、私と妻の2人だけになることもよくありました。やや心細いなと感じつつも、ちょっとでも楽になるようにと祈りながら、さすっていました。だんだんとその時が近づいているのがわかります。
気づけば外も暗くなり、時計を見るともう18時になるところでした。妻はいちだんと苦しそうになってきて、先生と複数の看護師さんが集まりました
部屋の時間の濃度が徐々にあがり、スローモーションの世界にいるような感覚になりました。
そして、、、
「おぎゃーーー」
元気な泣き声がひびきました。この光景を一生忘れないだろうなと光景と思いました。
部屋から出て、しばらく待合室にいました。どれくらいそこにいたのか、もう気持ちがふわふわしてよく覚えていません。
次の記憶は、病院の廊下でガラス越しに子どもを見ているところです。テレビなどで見たことがある透明のケース(保育器というらしい)に入っていました。気づけば時間が過ぎて、20時近くで、たぶん1時間ほど前で眺めていたことになります。
眺めている間は、いったい何を考えていたのやら。はっきり言葉にもならないような、可愛さや希望や明るい未来とか、そんな前向きなものが合わさった感情が心のなかで溢れていたように思います。
そういえば、こんなことをふと考えてたなと思い出しました。
赤ちゃんってほんとに小さくて、「指や爪ってこんなに小さいんだ」
足首に名札が巻かれているんだ。
その日産まれた子がぜんぶで3人並んでて「みんな女の子だ」(足首の名札に女の子の名前が書いてあったから)
などなど。
よく考えたら、足首の名札に書かれるのは母親の名前なので、みんな女の子なのは当たり前です。しばらく気づきませんでした。(ちょっと、余談でした)
赤ちゃんを目にしたら、頭の中が未来にガガッと切り替わりました。
今、生まれたんだから未来しかないですもんね。これからなんでもできるし、なんにでもなれる。可能性しかない、「もうすでに完璧だ!」って。
なにか新しい挑戦するときは、自分のことを赤ちゃんだと思ってみてはどうでしょう。
だって、初めてすることはできなくて当たり前。だから、目の前には可能性しかありません。そんなふうに考えて挑戦してみると、気持ちも軽くなりますよ。
もしも、副業に挑戦をしよう!と思ったら、まずあの日の赤ちゃんと同じように、そこにいることから始めればOKです。
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