【日本人学校→インター①】中3の1学期、僕が決断した理由を子供目線で語る。
こんにちは。
今回は、僕がなぜ日本人学校からインターナショナルスクールに転校したのかについて、3つのテーマに分けてお話ししていこうと思います。
大連から広州へ
自己紹介にもある通り、僕は2022年の3月末で大連から広州へ引っ越しました。父親のスライド(国内異動)が決まったためです。
大連にいる時は日本人学校に通っていたのですが、まさか中2の終わりに、しかも日本ではなく広州へ異動するとは考えもしていませんでした。大連での任期もそろそろ終わり、本帰国するのかなと思っていた矢先のことで、完全に想定外でした。また、本帰国を前提に進路希望先を考えていたので、インターは全く選択肢に入っていませんでした。
当時の中国ではまだゼロコロナ政策が続いていたため、現地で物件を下見する期間も移動を含めてわずか3日間しかなく、学校を見学する余裕もありませんでした。そこで、ひとまず広州日本人学校に転校することになりました。
僕としては、内申点や不慣れな環境が受験に影響することを避けたかったため、中3の卒業までは大連にいたいという気持ちが当時は強かったです。
日本の高校 or インター
ちょうど大連で感染者が確認され、雲行きが怪しくなってきた3月末。いろいろハプニングもありながら、なんとか無事に引っ越しを終えることができました。
引っ越しが終わってからの束の間、
「日本の高校を受験するか、それとも広州のインターに進学するか」
という究極の選択を迫られることになります。
というのも、父親の仕事の都合上、広州には少なくとも3年は滞在する予定だったため、インターにも一定期間通えることになり、新たな選択肢が加わったのです。
僕自身、中国で学んだ経験を活かして、将来は海外で働きたいという思いが心のどこかにありました。しかし、インターに通うとなると英語力やカリキュラムの違いによるハードルが高く、ついていけるのかという不安も大きかったです。入学時期も日本の学校(4月)とインター(9月)で異なるため、とても悩みました。
時間もあまりない中、「まずはインターがどんな学校なのかを知ろう」ということで、広州にある複数のインターを見学してみることにしました。
次回②へ続く
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