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オーストリア生活開始!驚きと発見に満ちた週末

家族での移住を伴う転職を決意し、ドタバタと日本を出国した私たち家族は、オーストリアに到着後の最初の1週間、会社が手配してくれたこじんまりとしたホテルに滞在することになった。社宅アパートの準備がまだ整っていないとのことだった。ホテルには小さなキッチンがあり、朝食はホテルのレストランで食べることができた。近くに大きなスーパーもあって、非常に便利で快適な環境だった。

到着したのは金曜日の夜で、土日はホテルでゆっくり過ごすことができた。そのホテルには温水プールがあり、土曜日の朝、早速息子と一緒に泳いだ。プールの脱衣場近くにはサウナも完備されていたので、疲れた体を癒そうと二人でサウナに入ってのんびりしていた。すると、別の親子が入ってきた。小さな子どもが素っ裸で入ってきたのを見て、微笑ましく思っていたが、続いて入ってきた親まで素っ裸で、最後には母親までが水着を着ていなかった。息子と私は水着を着たままだったので、驚いて慌てて目を伏せ、二人で顔を見合わせてそそくさとサウナを飛び出した。後に同僚に聞いた話では、こちらではサウナでは水着を着用せず、しかも男女混浴が一般的らしい。文化の違いを感じつつ、それ以来サウナには入らないことにした。

午後には早速バスに乗って街に出かけた。ホテルのレセプションでバスマップをもらい、バスの乗り方を教えてもらった。最初に驚いたのは、バスの切符をたばこ屋で買うことだった。運転手からも購入できるが、その場合は1回券のみ。24時間券や乗り降り自由の券は、たばこ屋で買わなければならない。バスの中にあるスタンプ機で切符に日時のスタンプを押すことがルールだ。運転手は切符を確認せず、回収もしない。たまにGメンのようなおばさん(なぜか女性ばかりだ)が抜き打ちで乗客の切符を確認し、無賃乗車が発覚すると罰金が科せられる。確か100ユーロほどだったと思う。旅行者でも容赦なく罰金が課されるため、注意が必要だ。私も出張者には必ず切符の購入を徹底するよう伝えている。日本では切符を買わずにバスに乗ってしまうことが多いが、特に終点近くになるとGメンたちが動き出すので、油断できない。

私たちが住むことになったグラーツ市は、ウィーンに次ぐオーストリア第2の都市だが、当時の人口は約25万人。日本でいうと八戸市くらいだ。日本人の登録者はわずか25人で、その中でサラリーマン家族は我が家だけだった。あとはほとんど音楽家や医者、研究者といった大学関係者だった。グラーツには多くの大学があり、特に音楽大学や医科大学が有名だ。街の中心にある旧市街地は世界遺産に登録されており、築300〜400年の建物がザラにある。それらの建物は改装や建て替えが禁止されており、今も店舗や住居として使用されている。週末になると石造りの街角で、ストリートミュージシャンがクラシックやジャズを演奏し、街全体に落ち着いたムードが漂う。

オーストリアはカトリック教徒が多く、日曜日は休息日として街中の店舗が閉まる。営業できるのは駅や空港の店舗のみで、日曜に街を歩くと、多くの人々がウィンドウショッピングを楽しんでいる。クラシックの演奏が響く石畳の街をゆっくりと散策し、静かなひとときを過ごすことができる。

日曜の午後、ホテルのテラスから見下ろすと、近くに貸農園のような場所があり、自分の畑の前に小さな小屋を建てて家族でランチを楽しんでいる光景が見えた。皆、朝の教会から帰ってきた後に畑で過ごしているのだろう。家の庭でも同じように、家族とゆったりした時間を過ごしている様子が見られる。東京よりも時間がゆっくりと流れていることを実感した。

オーストリアに来てまだ2日しか経っていなかったが、日本とは全く違う生活スタイルを目の当たりにした。それまでの15年以上、私は早朝から深夜まで働き、家族が起きる前に家を出て、帰宅した頃には家族はすでに寝ているという毎日を送っていた。子どもの顔を平日に見ることは滅多になく、土日は寝溜めか休日出勤で過ぎていった。そんな生活を離れ、クラシック音楽が流れる石畳の街で家族と過ごす新しい日常が始まった。この人間らしい生活に、オーストリアに移住して本当に良かったと感じた。まだ職場には出社していなかったが、仕事面でも日本より良い環境になるだろうと期待を抱かせる、グラーツでの最初の週末だった。

(続く)