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基元節は未完である

GWに、天苑宮が予定通り奉献されました。
記念写真に写っている肖像画は、2013年1月13日(基元節)の韓鶴子総裁のお姿でしょうか。

天の父母様の夢を叶えるためには、私は耐えて待つしかなかった。私がどうして…お父様が聖和される前に、私は一度、激しく食ってかかった。それが最後だ。しかし、どのように基元節を開いたか。その時のことを考えてみろ。天一国を宣布する場なのに私しかいなかった。

天正宮朝餐の指導者集会 2023年5月9日 真のお母様のみ言葉

文鮮明師は聖和される10年も前から、基元節の意義について語ってこられました。
①真の父母の完成期の聖婚式
②真の家庭の三大王権の完成(三世代集結)
③韓半島南北統一

文鮮明師の聖和後、韓鶴子総裁によって奉献された基元節は、このどれにも該当しません。
韓鶴子総裁はこれまで何度も「基元節は真の母ひとりで捧げた」と発言しており、「完成期の聖婚式」は未だ挙行されていないのです。

はじめから真の父母は、蘇生期(1960年)、長成期(2003年)、完成期(2013年)の三段階の聖婚式で完成する計画がありました。
本来はこの三段階を越えることによって、「真の父母最終一体」が成されなければなりません。
ところが文鮮明師は晩年、①②③が全て完了するか確信のないまま、「真の父母最終一体」を宣布せねばなりませんでした。
その中でも一番懸念事項だったのが、韓鶴子総裁との一体化の問題です

引用した韓鶴子総裁の発言、「お父様が聖和される前に、私は一度、激しく食ってかかった」が何を意味するかは不明です。
しかし結果的に「基元節」に対して、夫婦の間で重大な認識のずれが生まれました。
これらの懸念を現役の公職者や食口に質問しても、「基元節は、内的には聖婚式だったのだ(と思う)」と、確信をもって反論ができる人は誰もいませんでした。

文顯進会長は、韓鶴子総裁が基元節を奉献する以前から、この事態を見抜いて警鐘を鳴らしておられます。

文鮮明師の生前の姿を記憶する食口は、年々衰えていきます。
韓鶴子総裁にしか侍ったことのない若年世代は、冒頭の記念写真に違和感を抱くこともないのでしょう。
しかし神様のみ旨は、「こうあってほしい」という願望とは無関係に残されています。
願望ではなく悲しい現実を受け入れた時、真に建設的な前進が生まれるのです。

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