育てたエースが突然いなくなる。鹿島アントラーズに学ぶ「人が抜けても強い」チームの作り方
実は私、鹿島アントラーズのファンなのです。
普段、ICU(集中治療室)の専門医として、生死の境に立つ患者さんや、燃え尽きそうになりながら戦うスタッフのことばかり書いているので、少し意外に思われるかもしれません。
地元が茨城というわけでもなく、メルカリスタジアムにもまだ足を運べたことはありません。ファンクラブ会員というわけでもないのですが、F1も見れなくなったDAZNを鹿島の試合を見るためだけに契約し、毎年クラブのクラウドファンディング関連のふるさと納税を納め続けている、いわゆる「静かで熱いファン」です。
きっかけは、中学時代の先輩の影響や、同郷(富山県)出身の柳沢敦選手が加入したことでした。でも、ここまで長く応援し続けている理由は、もっと別のところにあります。
それは、クラブが明確な「哲学(ジーコ・スピリット)」を持ち、選手だけでなくスタッフも含めたチーム全体が、決してブレずに一つの目標に向かって闘っている。その泥臭くて力強い姿勢に、どうしようもなく惹かれるからです。(ついには『血を繋げる。 勝利の本質を知る、アントラーズの真髄』なんて本まで買って愛読しているほどです)
そんな私が最近、自分の働くICUのマネジメントについて考えていたとき。ふと、「あぁ、今のうちの状況、少し前のアントラーズと全く同じだな」と苦笑いしてしまう出来事がありました。
育てたエースは、いつも突然旅立つ
ICUは「究極のチーム医療」の場です。医者が一人で頑張っても、救える命や改善できる転帰には限界がある。だからこそ、看護師さんをはじめとする多職種チーム全体の底上げが欠かせません。
私はこれまで、自施設のICUスタッフが自然とレベルアップしていくような「仕掛け」作りに取り組んできました。ただ、70人もいるスタッフ全員と濃密な1 on 1をするのは物理的に不可能です。
そこで、まずは一桁の有志メンバーで「プロジェクトチーム」を作り、彼らに直接メンタリングを行いました。目標は、単に医学的・看護的なスキルを上げるだけでなく、「プロジェクトを自走させる力」や「他の後輩たちのメンターになれる力」を身につけてもらうこと。
みんな本当に優秀で、忙しい業務の合間を縫ってぐんぐん成長してくれました。ようやくプロジェクトが自走し始め、臨床研究の分担者として肩を並べて走れるようになった……。

そんな矢先でした。
「先生、春から他の部署へ異動になりました!」
そう。大きな病院組織あるあるの「突然の定期異動」です。
サッカー選手なら、手塩にかけて育てたエースが引き抜かれるときには多額の「移籍金」がクラブに入り、それを元手にまた新しい組織強化ができます。でも、病院の異動は「移籍金ゼロのフリー移籍」。ICUに何らかの予算や人員が還元されるわけではありません。これこそが、正直なところ一番のぐちりどころだったりもします。
本人が強く希望したわけではない部署異動も、組織の中ではよくあることです。もちろん、彼らにとってはステップアップとなる昇進を伴う栄転であり、本当に喜ばしいことなので、「おめでとう、次の部署でも絶対に活躍できるよ!」と笑顔で送り出すのですが……内心はやっぱり、少しだけ泣きそうになります。
「あぁ、進めていたプロジェクト、立ち消えになっちゃうかな……」
「また他のメンバーをあのレベルまで引き上げるのには、途方もない時間がかかるぞ……」
手塩にかけて育てたエースが、チームの中核を担うようになった瞬間にいなくなる。残された側が途方に暮れるこの感覚。

これって、まさにJリーグの「あの現象」と同じなんですよね。
黄金期を支えた選手が、次々と海を渡る
数年前までの鹿島アントラーズも、似たような悩みに直面していました。
有能な若手選手がスタメンに定着し、チームの勝利に貢献しはじめると、すぐに海外リーグへと旅立ってしまう。そして、次の主力が育ってバトンタッチする間もなく、チームの根幹となる選手が次々と入れ替わる状況が続きました。
結果として、かつて常勝軍団と呼ばれたアントラーズも、しばらくリーグ優勝から遠ざかる苦闘の時期を経験することになります。」

「せっかく育てたのに……」
と、ファンとしても歯痒い思いを抱えたものです。
しかし、鹿島はそこでただ嘆くことはしませんでした。彼らがさらに力を入れたのは、「ユース選手の育成」です。
クラブの哲学を子どもの頃から叩き込まれた、活きが良くて「鹿島の血」が流れる選手たちを、どんどん下から引き上げる。さらに、海外移籍して大きく成長した選手が、再びクラブに戻ってきて若い選手にその経験を還元する。
そんなサイクルが回り始めたことで昨年度、アントラーズはついにタイトルを取り戻し、チームの総合力はふたたび力強い上昇気流に乗っています。

「引き抜かれる」のは、良い組織の証明
自施設のICUからエースが異動していく現実に対して、以前の私は、組織の壁に対する徒労感や、「どうせ育てても、すぐいなくなってしまう」という無力感に襲われそうになることもありました。
でも、アントラーズの姿を見ていて、少し視点が変わったのです。
優秀な人が他の部署から欲しがられ、昇格していくのは、それだけ私たちが「魅力的な人材」を育て、輩出しているという証明でもあります。異動先で彼らがICUで培ったリーダーシップを発揮してくれれば、病院全体の医療の質が底上げされる。それは巡り巡って、確実に患者さんのためになるはずです。
そして何より、私たちがやるべきことは「今のエースを手元に引き留めること」ではなく、「次から次へとエースが生まれてくる『土壌』を作ること」なのだと気づかされました。
特定の誰かの能力に依存するのではなく、「このICUにいれば、自然とプロジェクトを回せるようになり、自走できる人材になれる」という文化(哲学)を根付かせること。
私がいま最も力を入れるべきは、手放すことを惜しむことではなく、その「ユースの育成」と、「ICUチーム医療の哲学」を言語化し、継承していくシステムを作ることなのです。

育てたエースの突然の異動は、正直なところ痛手ですし、ぐちりたくなる夜もあります。
でも、そんな時こそ、アントラーズのエンブレムを思い浮かべて気合いを入れ直しています。
人が抜けても、何度でも強いチームは作れる。
めげずに、明日からも一歩ずつ、泥臭く「血」を繋いでいこうと思います。

Dr. J
集中治療医
「救命の先にある『人生』」を見据え、ICUという極限の現場から、組織と人の在り方を問い直す発信を続けています。
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